明智は態とらしく曖昧ないい方をして、暫く紋三の顔を眺めていたが、やがて、又しても意外なことをいい出した。
「だが夫人には、不利な証拠が次から次へと出て来るのだ。これなどもその一つだがね」
彼は卓上の妙な石膏のかけらを、指紋をつけない様に注意してつまみ上げた。
「これがやっぱり、夫人の部屋の押入れの奥から出て来たのだ。ショールなんかにくるんで小箪笥のうしろに隠してあったのだ。もっともこれは破片を一つだけ持って来たので、高さ一尺ばかりの石膏像のこわれたものが、すっくりそこにあったのだがね」
紋三は困った様な顔をして、明智を見た。
「イヤこういったばかりでは分るまいが、それについては先ずこのヘヤーピンを研究して置く必要がある」明智は曾てピアノの中から発見した、束髪針を取上げた。「探偵小説のソーンダイク博士ではないが、こいつには顕微鏡的検査が必要だった。僕はそういうことは一向不得手なので、友人の医者に頼んで見てもらったのだが、このピンの頭がひどくゆがんでいる。何か角のあるものでたたきつけた跡だ。で、僕は家へ持帰って明るい所でよく検べて見たところが、折れ曲った部分に白い粉がついている。なおよく見ると、生地が黒いのでよく分らないけれど、何だか血痕らしいものも附着している。それは今でもよく見れば残っているがね。その粉と血痕を削り取って顕微鏡で見てもらった結果は、粉の方は石膏と何か染料が混っているらしい。どうもブロンズに塗った石膏細工の粉だろうというのだ。血痕の方は人間の血に相違ないことが分った。そこで、山野の邸にブロンズの石膏像があったかどうかを調べる必要が生じた。だがこれはやっぱりお雪の証言によって苦もなく分った。三千子さんの書斎の棚の上に、首だけの青い像がのっていたというのだ。それには厚い台座がついていたので、投げつければ、当り所が悪ければ、人を気絶させることも、場合によっては殺すことも出来るだろう。山野夫人の部屋の押入れから出た石膏のかけらには、恐しく血痕がついていたのだから、台座の角が頭に当って、被害者は脳震盪を起したものに相違ない。そういう訳で、夫人の部屋で発見されたこの石膏のかけらは、いわば今度の殺人事件の兇器に相当するのだよ」
「それだけ証拠がそろっていても夫人が下手人でないというのですか」
「ないとはいわない。断言するのは少し早計だと思うのだ。この事件は見かけは簡単の様だけれど、その実かなりこみ入っている。先にいった怪物が関係しているだけでも、かなり特異な事件だ。一寸法師が生々しい片腕を持歩いたり、百貨店の飾り人形に死人の腕が生えたり、妙に常軌を逸した、人間らしくない所がある。それは兎も角、今もいう様に兇器が石膏像であったこと、死体をピアノの中へ隠したことなどから考えると、この殺人は決して準備されたものではない。恐らく犯人にとっても思いがけない出来事なんだ。まさか殺すつもりではなかったのが、ついこんな大事件になってしまった形だ。だが、それだから一層探偵の方は面倒なんだ。準備された犯罪は、どこかに計画の跡がある。その跡をたどって行けば、何かをつかむことが出来る。今度のはそれがまるでないのだからね」
「でも証拠という証拠が皆山野夫人を指さしているじゃありませんか」