明智は頭の毛を指でかき回しながらいった。彼は妙に興奮していた。紋三はやっぱり小松を疑っているなと思った。三千子に取っては恋敵の小松なのだから、若しあんなおとなしやかな娘でなかったら、彼女こそまっ先に疑わるべき人物だった。だが、紋三のこの推察は、少しばかり見当違いであったことが、後に到って分った。
「その手紙の話をしていたんだね」明智はふと気がついた様に話を元に戻した。「僕はそれを三千子さんの書斎のイスのクッションの中から見つけ出した。最初三千子さんの机なんかを調べた時に、手紙の束を見たけれど、妙に当り前のものばかりで、興味をひかなんだ。若い女の所にはもっとはなやかな手紙があってもいいと思った。で、次に行った時には、どこか秘密の隠し場所でもないかと綿密に探して見た。本棚なんかも調べた。すると、この令嬢が案外にも探偵小説の愛読者だったことを発見した。内外の探偵本がそこにずらりと並んでいたのだ。くすぐったい気持だ。三千子さんが探偵趣味家だとすると、いささか捜査方針を替えなければいけないと思った。そこで今度は探偵好きの隠し相な場所を探した。そして、最初に気づいたのがイスのクッションだった」
明智はおかし相に笑った。
「ところが、驚いたのは、クッションの中に隠されていた艶書の分量だ。父親の監督不行届と、母親の遠慮勝ちだったことが一つはいけないのだが、娘自身生れつきの淫婦でなくては、あれだけのふしだらが出来るものでない。しかも両親は少しも知らないでいるのだ。日付にして二年ばかりの間に、七人の男と艶書のやりとりをしている。それが皆相当深い関係まで進んでいたらしい文面なんだ。その七人目が運転手の蕗屋だ。これは寧ろ三千子さんの方から打込んでいたらしい。写真で見ても女に好かれ相な男だ。蕗屋の方もかなり真剣な手紙を書いている。だが一方に小松との関係があるので、それを三千子さんが責める。併し蕗屋としてはそうむごいことも出来ないといった立場らしかった。蕗屋の前にもう一人男があって、この北島春雄とはその前の関係だ。手紙を読めば分るが、自業自得とはいえ、この男は可哀相なんだ。三千子さんのために牢にまで入っている。それを両親に少しも気づかれない様に秘しかくしていたのだから、三千子さんも恐しい女だ。まずその封筒の方のを読んで見給え」
手紙の日付は両方とも――年二月となっていた。つまり約一ヶ年以前に書かれたものだ。
……己は貴様をのろう。貴様の歓心を買うために己がどんな苦労をしたか。とうとう己は泥坊とまでなり下った。貴様とつき合って行くためには、貴様に軽蔑されないためには己はその外に方法がなかったのだ。詐欺で訴えられて、己は今ひかれて行くのだ。いつか貴様に金策を頼んだことを覚えているか。あの時に何とかしてくれたらこんなことにならないで済んだのだ。併し貴様は、とっくに変心していた。もう一人の男の所へ行くのを急いで、己のいうことなんか聞きもしなかった。あの時の己の心持が想像出来るか。恋の恨みと罪の恐れだ。己はもう半分気違いだった。己は幾度も短刀を懐にして貴様の邸のまわりをうろついた。だがどうしても機会がなかった。己はこの怨みをはらすまでは、警察の手を逃れたいと、下宿に帰らないで木賃宿に泊っていた。貴様のすべっこい頬っぺたに、短刀を突込んで、グリグリかき回してやることばかり考えていた。だがもう駄目だ。己はとうとうつかまってしまった。刑事に泣きついてやっとこの手紙を書く暇をもらった。いいたいことは山程もあるが、もう時間がない。ただ一つ約束して置くことがある。己は何年食い込むか知らぬが、牢を出たら誓って復讐してやる。己は今からその日を楽しみにしている。貴様も首を洗って待っているがいい。……