明智は大切相に麻のハンカチを解いて、色々な形の瓶だとか、ニッケル製の容器だとかを、そこに並べた。それらの滑かな表面には沢山の黒い斑紋が現れていた。指紋をはっきりさせるために黒い粉をふりかけてあったのだ。
「三千子さんは随分おしゃれだったと見えて、化粧品の種類は驚く程あった。手の化粧品や爪磨き粉、やすり、バッファーなんかも一通りそろっていた。だがその中で、指紋のよく出ているのはこれだけで、あとは容器の表面がザラザラしていたり、紙製だったり、滑かなものでも、大部分は指紋がちっとも残っていないので役に立たない。鏡の表面だとか抽斗の金具も調べたけれど、掃除してしまったあとだった。だがこれだけあれば証拠品としては十分過ぎる位だ」
明智は容器を一つ一つ、つまみ上げて、大切相に並べ替えて行った。
「過酸化水素キュカンバー、緑の水白粉、練白粉、花椿香油、過酸化水素クリーム……みんな平凡だな、和製の余りお高くない品ばかりだ。それに三千子さんはどうも無定見に手当り次第の化粧品を集めている。上品な趣味じゃないね。だが、こいつはポンピアンの舶来だ。といって大して高級品でもないけれど、脂肪の強いクリームだな」
明智はその最後の品を、何か楽しげにいつまでも玩んでいた。
「それだけは指紋がついてない様ですね」
紋三はふと気がついて尋ねた。
「外側はふいた様に綺麗になっているがね、ソラ御覧、中のクリームに、こんな完全な指の跡がついているから」
明智はそういって、いたずら小僧みたいなズル相な表情をした。
最後の一品は桃色の吸取紙であったが、それには三千子の指紋がある外には、別に注意すべき点もなかった。沢山の文字を吸取った跡が、重なり合ってついていたけれど、皆不明瞭で、とても読みとることは出来なんだ。
「サア、これで僕の発見しただけのものは、すっかり御目にかけた。今度は君の方の話を聞こうじゃないか、昨夜の話を」
明智は卓上の品々を手文庫の中へしまいながら紋三を促した。
「イヤ駄目ですよ」紋三は頭をかいた。「あなたが知っている以上のことは何もないのです」