畸形魔
もう夜の一時を過ぎていた。浅草公園もその時刻になると、流石に人足が途絶え、よいの内雑沓する場所だけに、余計さびしさが身にしみた。殊に仁王門を這入って右手の、五重の塔、経堂、ぬれ仏、弁天山にかけての一区劃は、宵の内からほとんど人通りがなかった。広い公園の中でもここだけがまるで取残された様に、異様に薄暗くさびしかった。
その五重の塔の裏手の、さびしいうちでも、もっともさびしい箇所に、何の樹だか、神木とでもいい相な大樹が枝を張っていた。遠くの安全燈の光は、五重の塔の表側の方にさえほとんど届かないのだから、その裏の木の下暗には無論影さえもない。公園中での魔所といってもよかった。不思議なことには、その辺では巡回のサーベルの音も、一晩に二三回位しか聞えないのだ。
その夜は空に星の光もなく、大樹の下は常よりも一層暗く、すさまじく見えた。時々ホウ、ホウと怪しげな鳥の鳴声が聞えて来た。
「オオ、兄貴、オオ、兄貴、寝たのかえ」
大樹の根許から、低い含み声が湧いた。そして、そこに敷き捨ててあった、腐ったこもがムクムクと動いた。一見してはただ一枚のこもが捨ててある様に見えるのだが、実はその下に一人の宿無しが出来るだけ身体を平べったくして寝ていたのだ。
「起きてる」
どこからか、もう一つの声が答えた。同じ様に圧し殺した囁き声だった。
「遅いじゃねえか。餓鬼共がよ。どじを踏みやしめえな」
「大丈夫、慣れてらあな。まあ寝ているがいい」
それ切り声はしなくなった。こもは元の様に、一枚の捨て菰に過ぎなかった。
暫く沈黙が続いた。雨雲が低くたれて、死んだように風がなかった。薄気味の悪い静けさだった。
やがて、かすかにかすかに物のきしる音が聞え始めた。それがほとんど十分間も絶えては続き、絶えては続きしていたが、五重の塔の大きな扉がそろそろと開いて、その真黒な口の中から、二人の青年が忍び出た。二人共荒い飛白の着物を着て、学生帽を冠っていた。
「誰だい。アア、お前達か、またうめえ仕事をやったな」
菰が動いて、最前の声が囁いた。
「うまくないよ。今日はぽっちりだよ」
青年達は縁を降りて、こもの方へ歩み寄った。