「俺はいいが、ここにいる定公に割前を忘れちゃいけないぜ」
もう一つの声がいった。よく見ると、大樹の黒い幹の根許に、一際黒く大きなうつろが口を開いていた。そのうつろの中に何者かが巣を食っている様子だった。
「分っているよ。ソラ、こんなのが三枚だ。くたびれちゃったから、少し息をつきに出て来たんだ。もう今夜はこれでおしまいだ」
青年達はこの塔の内部の、貴重な金具を取外して、それを売って生活していたのだった。賑やかな浅草観音の境内の、五重の塔の中に、こんな泥坊が忍び込んでいようとは、そこから一町とは距たぬ交番のお巡りさんでも、気がつかなんだ。
「ホウ、ホウ、ホウ」
突然少し甲高な鳥の声がした。
「オオ、合図だ。危ねえ危ねえ」
こもはそうつぶやいて動かなくなった。青年達も大急ぎで元のとびらの中へ隠れた。サーベルの音が塔の向うに聞え始めたころには、最早何の気勢も残っていなかった。
だが、彼等はそうしてお巡りさんの目を逃れることが出来たけれど、もう一つの目には少しも気がつかなんだ。塔の縁の下に紺の背広を着た一人の男が、最前からじっと彼等の様子をうかがっていた。
「オオ、兄貴、このごろ暫く顔を見せなかったが又どっか荒し廻ってたんじゃねえのか」
巡査の跫音が遠ざかるのを待って、こもが話しかけた。
「ウンニャ、ちっとばかり忙しいことがあってね。ここんところ、いたずらの方は手控えてるんだ。今日は久しぶりで、又赤いものが見たくなったもんだからね」
うつろの中の声が答えた。
「因果な病さね。……それはそうと、例の片腕の一件はおさまりがついたのかね」
「ウフフ、覚えていやあがる。お前だから何もかも話すがね。今世間じゃ大騒ぎさ。今日の新聞なんか、おれのまいた種で、三面記事が埋まってるんだ。今度こそ、いくらか溜飲が下ったてえものだ。だが、断るまでもねえ、人になんかこれから先もいうんじゃねえぜ。おらあな、一本の足を千住の溝の中へ、一本の足を公園の瓢箪池の中へ、一本の手を――呉服店の陳列場へ、一本の手をある家へ小包にして送ってやったあ。ウフフフフフ、そいつが今世間じゃ大評判なんだぜ。こんな心持のいいこたあねえ」
うつろの中の悪魔は、この驚くべき事実をこともなげに打明けて、さもさも愉快でたまらぬという様に、奇怪な笑い声を漏した。笑い声の間には、無気味な歯ぎしりの音が混っていた。彼は歯ぎしりをかんで狂喜しているのだ。