こもは余りのことに返事も出来ないのか、暫く何の声も聞えなかった。
「てめえ、いいやしめえな。もしいおうもんなら、こんだ、てめえがあの通りの目に逢うんだぞ、いいか」
うつろの中から又しても気味の悪い笑い声だった。
「とんでもねえ、お前とおれの仲じゃあねえか。口が腐ってもいうもんじゃあねえ。それに、いつも兄貴にゃあ、厄介をかけてるんだからな」
「だろうな。そうなくちゃならねえ。おらあな、定公、自分でも分ってる。因果な身体に生れついたひがみで気狂いになっているんだ。こう、世間の満足な奴らがにくくてたまらねえんだ。奴らあ、おれに取っちゃ敵も同然なんだ。お前だからいうんだぜ。たれも聞いてるものはねえ。おれはこれからまだまだ悪事を働くつもりだ。運が悪くてふんづかまるまでは、おれの力で出来るだけのことはやっつけるんだ」
押し殺した声が、歯ぎしりと共に高まって、うつろの中に物すごく響いた。
そして又暫く沈黙が続いた。
「オオ、兄貴、半鐘だぜ。やっつけたな」
耳を澄せば遙に鐘の声が聞えた。
「定公、だれもいめえな」
「大丈夫だ」
それを聞くと悪魔は始めて、うつろの中からのっそりと姿を現した。醜い一寸法師だった。彼は注意深くあたりを見廻してから不具者にも似合わぬす早さで、大木の幹をよじ登り、枝から枝を伝わって、生茂った葉の中に見えなくなった。彼の手は、短い足の不足を補って、軽業師の様に自由自在に動いた。丁度猿の木登りといった恰好だった。
「燃える燃える。風がねえけれど、この分じゃあ十軒は確だ」
梢から悪魔の呪い声が、でも辺を憚かって、殆ど聞きとれぬ程に響いて来た。
火は公園から西に当って、十町程の手近に見えた。半鐘の音、蒸汽ポンプのサイレンの響が、活動街の上を越して伝わって来た。それに混って時々樹上の畸形児の狂喜のうなりが聞えた。
やがてハタハタと忍びやかな、然しあわただしい跫音がして、二人の汚ない少年が塔のうしろへ駈込んで来た。
「あれは、お前達がやっつけたのか」
「そうよ」こもの問に応じて一人の少年が気競って答えた。「うまく行きやあがった。風はねえけれど十軒は大丈夫だぜ」
その声を聞きつけたのか、大樹の葉がガサガサ鳴って、サルの様な畸形児が地上に飛び降りた。
「うまくやったな。定公、己あ又一寸見物と出かけるからな。ソラこれを餓鬼共に分けてやってくんな」