畸形児は暗い所暗い所と選って、公園をつき切ると、やっぱり吾妻橋を渡って、本所区の複雑な町々を、幾つも曲った末、一軒の不思議な構えの家の格子戸の中へ消えた。
一寸小広い町で、世に忘れられた様な古めかしい商家などが軒を並べている中に、その家は殊更風変りだった。普通の不商屋の張出になった格子窓の一部を小さなショーウインドウに改造して、そのガラス張りの中に、三つ四つ大きな人形の首が並べてある。目を金色に塗った赤鬼の首だとか、生きている様にこちらを向いて笑いかけている大黒様の顔だとか、すごい様な美人の青ざめた首だとか、それが薄ぼんやりした五燭程の電燈に照されて、塵だらけのガラスの中に、骨董品の様に並んでいるのだ。外の商家ではすっかり戸を締切って、軒燈の外には何の光も漏れていないのに、このみすぼらしいショーウインドウだけが、戸もないのか、路上に夢の様な光の縞を投ているのが、一層物凄い感じを与えた。
背広の男は、青ざめた顔で、その不思議な家を眺め廻した。彼は一寸法師がこんなところへ入ったことを意外に思っている様子だった。標札をすかして見ると、「人形師安川国松」とやっと読めた。
一寸法師は、中に入って格子戸に締りをすると、ほっと息をついた。だが、彼は尾行者のあることなぞは少しも気づいていなかった。気違いめいた興奮の為にほとんど我を忘れた体に見えた。
入った所には縦に長い土間が続いて、その横に、旧式な商家に見える様な障子のない広い店の間があった。片隅には人形細工に使用する箱だとか道具などがゴタゴタと積み重なり、正面の八角時計の下には、びっくりする様な大きな土製のキューピー人形が、電燈に照らされて、番兵然と目をむいていた。ちらと見た瞬間には、生きた人間がこちらを睨みつけているのかと疑われる程だ。畳なども赤茶けて凡てが古めかしい中に、この人形だけが際立って新しく、桃色の肌がつやつやと輝いていた。
畸形児は、土間の突当りの開き戸をあけて、裏の方まで通り抜けになっている細い庭を、奥の方へ入って行った。
「だれだえ」
すぐ横手の障子の中から寐ぼけた声が尋ねた。
「おれだよ」
一寸法師は簡単に答えて、さっさと歩いて行った。障子の中の人は、別段それを咎めようともしない。そのまま怪物の姿は庭の奥の暗の中へ消えてしまった。
表に取り残された背広の男は、戸の隙間から家の内部を覗いたり、ぐるっと町を廻ってその家の裏手を調べて見たり、方々の標札を覗き廻って町名番地を確め手帳に控えたり、殆ど二時間許りの間、執念深くその辺をうろついていたが、やがて東が白む頃、やっと断念したものか、疲れた足を引ずって元来た道を引返した。