「例の一寸法師じゃありませんか」
「そうだよ。だが、あいつはただの不具者じゃない。畸形児なんてものは、多くは白痴か低能児だが、あいつに限って、低能児どころか、実に恐しい智慧者なんだ。希代の悪党なんだ。君はスチブンソンのジーキル博士とハイド氏という小説を読んだことがあるかい。丁度あれだね。昼間は行いすました善人を装っていて、夜になると、悪魔の形相すさまじく、町から町をうろつきまわって悪事という悪事をし尽していたんだ。執念深い不具者の呪いだ。人殺し、泥坊、火つけ、その他ありとあらゆる害毒を暗の世界にふりまいていた。驚くべきことは、それが彼奴の唯一の道楽だったのだ」
「ではやっぱり、あの不具者が三千子さんの下手人だったのですか」
「いや、下手人じゃない。この間もいった様に下手人は別の所にいる。だが、あいつは下手人よりも幾層倍の悪党だ。我々はまず何をおいてもあいつを亡ぼさなければならない。それを今まで待っていたのは、もう一人の直接の下手人を逃さないためだったが、その方ももう逃亡の心配がなくなったのだ」
「それは一体だれです」
紋三は息をつめて尋ねた。山野夫人の美しい笑顔が目先にちらついた。
丁度その時宿の女中がはいって来て、明智に一枚の名刺を渡した。
「アア、刑事部長の一行がやって来たんだ。すぐ出かけなきゃならない。君も一緒に行って見るか。話の残りは自動車の中でも出来るんだが」
明智はもう立上って着換えを始めていた。
旅館の門前に警視庁の大型自動車が止っていた。一行は刑事部長の外に私服の刑事二名、そこへ明智と紋三とが同乗した。
「君の注意があったから、原庭署の方へも手配を頼んで置いたよ。だが、危険なこともあるまいね」
部長は彼程の地位にも拘らず、まだ肥らないで、狐の様な感じのやせた男だった。一見何か軽々しい様でもあったが、暫く見ていると妙なすご味が出た。普通こんな場合出て来る人でないだけに多少そぐわぬ感じがあった。
「何ともいえないね。不具者ではあるが、地獄から這い出して来た様な悪党だからね。実際人間じゃないよ。小人の癖に恐しく素早くて、猿の様に木昇りが上手だ。それに彼奴一人ならいいんだが、仲間もいるし」
明智は車の席につきながらいった。
「だが、感づいて逃げ出しゃしまいね。見張りは大丈夫かね」
「大丈夫、僕の部下が三人で三方からかためている。皆信用の出来る男だ」
自動車が走り出すと、前の座席とうしろの座席では話が通じ難くなった。自然明智は隣の小林紋三と話し合った。