紋三はそれと同時に、ある驚くべき事実に気がついた。今までは夫人を脅迫している男が何者とも知れなかったので、一種の嫉妬を感じていたに過ぎないのだが、明智の明言する所によれば、その男こそ彼の不気味な一寸法師に外ならぬのだ。夫人はどんな弱味があって、あの様ないまわしい者と密会を続けているのかと思うと、夫人までがえたいの知れないものに見えて来た。
紋三がそんなことを考えている内に、明智はずんずん本堂の方へ踏み込んで行った。ガランとした本堂にはもう夕暗が迫って、赤茶けた畳の目も見えない程になっていた。妙な彫刻のある太い柱、一方の隅に安置された塗りのはげた木像、大きな位牌の行列、奇怪な絵のかけ物、香のにおい、それらの道具だてが、底の知れない不気味さを醸し出していた。無論人の気勢はなかった。
明智は注意深く堂の隅々、物の陰などをのぞき廻って、二三の広い部屋を通り過ぎ、最後に庭に降りると、石燈籠や植木の間もくまなく調べた上、板塀の開き戸を開けて、墓地の方に出て行った。紋三達は縁側の下にあった庭草履を穿いてそのあとに続いた。
墓地ももう大方暗くなっていた。往来に面した方の生垣の破れ目から、そこに明智の部下の者が見張っているのが、ちらついて見えた。紋三はいつかの晩、その破れ目から墓地の中へ忍び込んだことを思い出さずにはいられなかった。
「ホラ御覧なさい。あすこの黒板塀が細く破れているでしょう。丁度あの向側が人形師の安川の仕事場になっているのですよ。あなたすみませんが、暫くあすこを見張っていて下さいませんか。僕達はこちら側のO町に面した家を一応調べて見ますから」
明智は刑事の方をふり向いて、丁寧にいった。刑事はいなむ訳にも行かぬので、指図に従って板塀の方へ歩いて行った。O町の例の家の側はまばらな竹垣になっていて、少し無理をすれば、どこからでも出入りが出来る様に見えた。
「君、一寸ここを見給え」
明智はふと立止って、墓地の一方の隅の銀杏の木の根許を指さした。そこには木の幹の陰に大きな穴があって、その中にゴミがうずたかく積っていた。
「これはお寺のゴミ捨場になっているらしいのだが、僕は二三日前の晩ここへ忍び込んで、このゴミの中をかき探したり、新しい墓地をあばいて見たりしたのだよ。三千子さんの死骸がこの辺に隠されているかと思ったのだ」明智は何でもない事の様にいった。「それはね、ホラ山野の邸から三千子さんを運び出すのに、だれかが衛生夫に化けてゴミ車を利用した形跡のあったことは君も知っているだろう。ゴミ車は吾妻橋の所で行方が分らなくなったのだが、君から一寸法師のことを聞いたものだから、あのゴミはひょっとしたらここへ運ばれたのではないかと疑ったのだよ。そして早速この寺の附近で聞合せて見ると、丁度その朝早く、一台のゴミ車が寺の門をくぐったことが分ったのだ。死骸を隠すのに墓地程屈竟な場所はない。うまいことを考えたものだと思った。併し僕が探した時には、もうどっかへ移されて死骸はなかったのだが」