それに気がつくと、人々は、やっと、ふみとどまって、また、暗い空を見あげました。
ああ、なんという、ふしぎな光景だったでしょう。ソフトをかぶり、背広をきて、クツまではいた紳士が、大きな黒いはねで空を飛んでいるのです。人々は、なんだか、おそろしい夢を見ているような気がしました。夢でもなければ、こんな、とっぴなことが、この世界におこることは考えられなかったからです。
しかし、夢ではありません。ひとりの、りっぱな紳士が、銀色の顔を光らせて、空高く、まいあがっていくのです。平野君のおとうさんや、おまわりさんや、北村さんや、二十人にちかい人が、それを見たのです。
怪人は、グングン空へのぼっていきます。空は、もうまっくらです。星さえまたたいています。その星のひかりをかすめて、怪物は高く高く、やみの中にとけこんでいきました。そして、地上からは、まったく見えなくなってしまいました。
もし、これが、昼間なら、飛行機で追っかけることができたかもしれません。しかし、夜では、どうすることもできないのです。怪人が、どちらの方角へ飛びさったかさえ、すこしもわからないのです。
いままでは、きこりと、北村さんの、ふたりのほかは、だれも見なかった宇宙怪人を、二十人にちかい人が、ハッキリと見たのです。北村さんの話を、いくらか、うたがっていた人たちも、今となっては信じないわけにはいきませんでした。銀仮面の飛行怪人は、この東京の空にあらわれたのです。いよいよ、なにか、おそろしいことが、はじまるのです。
それから一ヵ月ほどのあいだにいろいろなことが、おこりました。その一つは、銀座の大デパートの屋上の怪事件でした。
デパートの少年社員水谷君は、ある夕がた、屋上の熱帯植物の温室に、用事があって、ひとりで、そこへ、やってきました。もう、デパートが閉店したあとで、ひろい屋上は、さばくのようにガランとして、人っ子ひとり、見えませんでした。
温室の用事をすませて、ガラスばりの部屋を出ますと、水谷少年は、ふと、みょうな顔をして、立ちどまりました。
だれもいないと思っていた、ひろい屋上のむこうのすみに、なんだか黒いものが、立っていたからです。どうも人間らしいのです。
じっとみつめていますと、その黒い人かげが、だんだん、こちらへ近づいてきました。
ネズミ色のオーバーをきて、おなじ色のソフトを、まぶかにかぶっています。もう空は、ほとんど暗くなっていて、そのネズミ色の男のすがたは、ゆうれいのように、ボーッと、かすんで見えるのです。
近づくにしたがって、ソフトの下の顔が見えてきましたが、その顔が、はくぼくをぬったように、まっ白なのです。いや、ただ白いのではありません。キラキラ光っているのです。
水谷少年は、ゾーッと、頭の毛が、さかだつような気がしました。そして「キャッ。」と、さけびそうになるのを、やっと、こらえました。
その男の顔は、銀色に光っていたのです。ああ、銀色の顔、ほかに、そんなやつがいるでしょうか。あいつです。銀仮面のトカゲ男です。星の世界の怪物です。
少年は、ネコににらまれたネズミのように、身うごきもできなくなってしまいました。
怪人は、もう二メートルほどのところへ近よっていました。銀仮面の、まっくろな三日月がたの口が耳までさけて、ぶきみに光っていました。なんともいえない、なまぐさいような、いやなにおいが、ただよってきました。
「キミ、ボクガ、ダレダカ、シッテイルネ。シッテイルネ。」
人間の声とは、どこかちがった、へんなことばが、きこえてきました。
「キミ、フルエテイルネ。コワイノカ。シンパイナイ。ボク、ナニモシナイヨ。」
水谷少年は、もう、息がとまりそうでした。
「ココデ、ボクヲミタコト、デパートノヒトニ、イイナサイ。ミンナニ、シラセナサイ。ワカリマシタカ……。サア、イキナサイ。」