怪人あらわる
明智探偵は、ことばをつづけました。
「もうひとつ、これと似たようなふしぎがありましたね。宇宙怪人が、ゆりかさんのうちに、あらわれはじめたころ、ゆりかさんが、じぶんのへやへ、バイオリンをしまいに行ったとき、窓のそとから、銀仮面をかぶった怪物がのぞいていました。ゆりかさんが、さけび声をたてたので、庭のばんをしていたふたりの刑事がかけつけてきましたが、怪物は、影もかたちも見えません。どこにも、逃げるすきはなかったのです。刑事は、庭の右左から、かけつけたのですから、怪物のすがたを、見のがすはずはありません。この事件も星の魔術とさわがれたのですが、やっぱり、かんたんな手品でした。ある人が、ゆりかさんのへやの、まうえの二階のへやに、しのびこんでいて、洋服かけに怪人の服と同じ服をかけ、その上に銀仮面をくくりつけて、長いひもで、ゆりかさんのへやの窓のそとへ、つりさげたのです。さけび声をきくと、いそいで、それを二階へ、ひきあげてしまったので、まるで怪物が魔法をつかって、消えうせたように見えたのです。これは、そのとき手品をやった、ある人から、きいたのですから、まちがいありません。」
こうして、ふしぎなナゾが、ひとつひとつ、とけていきました。しかし、まだまだ、大きなナゾが、たくさんのこっています。名探偵明智小五郎は、それらのむずかしいナゾを、どうしてとくのでしょうか。人々は、かたずをのんで、きき耳をたてていました。
虎井博士の広い応接間の中には、制服の警官をまぜて十七人の人が、イスにかけたり、立ったりしていました。そして、それらの人々のあいだに、まるで刀と刀と、きりむすんでいるようなおそろしい気合が、みなぎっていました。いうにいわれない、ぶきみな空気が、ただよっていました。
「おききなさい。なんだか、みょうな音がするでしょう。」
とつぜん、明智探偵が、ささやくようにいいました。人々はびっくりして、耳をそばだてました。きこえます。ブーンという、アブのとんでいるような音が、どこからかきこえてきます。そして、その音が、だんだん、大きくなってくるのです。
「みなさん、空を見てください。窓から、空をながめてください。サア、虎井博士、こちらへいらっしゃい。ふしぎなものを、お目にかけます。」
明智はそういって、虎井博士の手をとって、窓のそばへつれていきました。そのうしろから中村警部と、ふたりの少年が、窓ぎわにかけよりました。あとの人たちは、べつの窓から、かさなりあうようにして、まっくらな空をながめました。
「電灯をつけて。」
明智の声に、庭のむこうから、だれかが答えたかとおもうと、パッと、サーチライトのような光が、空にむかって、そそがれました。自動車のヘッド・ライトに似た電灯が、庭によういしてあったのです。
その光の中へ、高い空から、なにか小さなものが、おちてくるのが見えました。鳥のようなものです。人々は、かたずをのんで、それを見つめました。みるみる、そのものの形が、大きくなってきます。そして、ブーンという、ぶきみな音が、だんだん、はげしくなってくるのです。
「やあ、宇宙怪人だ、宇宙怪人が、こっちへおりてくる。」
だれかが、とんきょうな声で、さけびました。
電灯のつよい光にてらされて、鳥の頭、トカゲのからだの怪物が、大きな黒いコウモリのはねをひろげて、もう、三十メートルほど近くまでおりてきました。たしかに宇宙怪人です。
ああ、これはどうしたことでしょう。宇宙怪人は、さっきの円盤にのって、遠く太平洋の方に、とびさったとばかりおもっていたのに、まだ日本にのこっていたのでしょうか。しかも、明智探偵や、中村警部や、たくさんの警官や刑事のまちかまえている、この虎井博士邸へ、なにをおもって、とびおりてきたのでしょう。まぶしいサーチライトにてらされたら、それだけで、気がついて逃げだすはずなのにへいきで、こちらへおりてくるではありませんか。宇宙怪人は、最後の突撃をこころみるのでしょうか。おおぜいの人々を、ものともせず、あくまで虎井博士を、さらっていくつもりで、おそろしい決心をしておりてきたのでしょうか。
そのとき、小林少年が、ふと虎井博士の顔を見あげますと、博士のひたいには、あせの玉が、いっぱいにふきだしていました。さすがの博士も、おそろしさにたえぬもののように、まっさおになって、ガタガタ身をふるわせているのでした。
怪人は白い光の中を、みるみる大きくなって、アッとおもうまに、窓のすぐまえの庭に、着陸しました。いよいよ、れいのスポイトのようなピストルで、殺人ガスを発射するのではないかと、人々は、おもわず、窓から身をひきました。
ところが、怪人は、庭に立ったまま、みょうなことをはじめたのです。よく見ると、かれのせなかに、なんだか大きなキカイのようなものがついています。怪人は肩から胸にまきついている、ふとい皮おびをはずして、そのキカイのようなものを、地面におきました。それは飛行機のプロペラのようなものでした。プロペラの下に四角な箱がついていて、その箱を皮おびで、しょっていたのです。
人々が、あっけにとられて、見ているまえで、怪人は、もっとふしぎなことを、はじめました。両手を頭にかけたかとおもうと、鳥のような顔が、スッポリぬげて、下から人間の顔が、あらわれたのです。それから、コウモリのはねも、トカゲのからだも、かわでもめくるように、ぬぎすててしまうと、そこには、ぴったりと身についた黒いシャツをきた、ひとりの見しらぬ男が立っているのでした。
「みなさん、これが宇宙怪人の正体です。そして、このキカイが、空をとぶ道具だったのです。」
男は、ニコニコしながら、大きな声でいいました。そして、さっきのキカイの箱に手をあてて、なにかしたかとおもうと、プロペラのようなものが、ブーンという音をたてて、いきなりまわりはじめたではありませんか。