廊下や、部屋に、あやしいものがいないことをたしかめると、明智は、ツカツカと窓に近づいて、いきなり、ガラス戸をひらきました。
なにもいません。さっきの銀仮面は、どこへ行ってしまったのでしょう。
中村係長が、窓から半身をのりだして、刑事の名をよびました。すると、暗やみの庭のむこうから、かけだす音がして、ふたりの刑事が、窓のそとへやってきました。
「いま、おじょうさんが、ここで、なにかを見て、気をうしなったんだ。あやしいやつが、庭へはいってきたのじゃないか。気がつかなかったか。」
係長が、あわただしく、たずねました。
「わたしたちは、あちらのしげみの中に、身をかくして、家ぜんたいを、たえまなく、見はっていましたが、あやしいことは、なにもありませんでした。」
ふたりの刑事は、口々に、そう答えました。
「明智先生、いま、ゆりかが気がつきました。そして、窓のそとに、銀仮面がいたと言うのです。逃げるひまはありません。そのへんをさがしてください。」
平野さんが、しわがれ声で、どなりました。
「みんなをあつめて、庭をしらべるんだ。」
中村係長の声に、ひとりの刑事がピリリリ……と、呼びこを吹きならしました。
すると、まもなく、庭の塀のそとや、おもてのほうにいた刑事がかけつけてきました。そして、五人が手わけをして、懐中電灯をふりてらしながら、庭のなかを、くまなく、さがしまわりましたが、あやしいものの、かげさえありませんでした。
ふしぎです。ゆりかさんが、さけび声をたててから、みながかけつけるまで、一分もかかっていません。そのうえ、庭には、ふたりの刑事が、見はっていたのです。かけだすにしても、空へ飛びあがるにしても、怪人が、だれの目にも、はいらなかったはずがありません。
ゆりかさんが、まぼろしを見たのでしょうか。
いや、いや、そんなことは考えられません。きじょうなゆりかさんが、見もせぬものを見たなどと、思うはずはないのです。
では、いったい、これはどうしたことなのでしょう。星の世界の怪物は、地球人の想像もつかないような、魔法をこころえているのでしょうか。アッと思うまに、自分のからだを、透明にしてしまう術でも、知っているのでしょうか。
さて、その晩は、ゆりかさんを、おくまった部屋にやすませ、おとうさまと、おかあさまと、平野一郎少年と小林君とが、一歩も部屋を出ないで、見はりをつづけ、五人の刑事たちも、それぞれ、持ち場について、いっそう、目を光らせていました。
明智探偵と中村係長と北村青年とは、さっきの応接間にもどって、また、相談をはじめました。
「あいつは、ゆりかさんをねらっているのです。そのことがハッキリしたうえは、かえって、ことが、しやすくなったのではありませんか。つまり、われわれは、ゆりかさんのそばに、わなをはって、まっておればいいのです。やつは、かならず、また、やってくるのですから。」
北村青年は、自分の思いついたわなのことを、あくまで、言いはるのでした。
「だが、宇宙怪人をいれるような、大きな鉄のネズミとり器を、つくるわけにはいくまい。なにかいい方法がないかな。」
中村係長が、首をかしげます。
「鉄のあみではなくて、コンクリートでは、どうでしょう。コンクリートのわなです。」
北村さんが、みょうなことを、言いだしました。
「フーン、コンクリートのね。それなら、逃げだすきづかいはないが、そのかわり、あいてに、すぐさとられてしまうだろう。わなというやつは、あいてが、すこしも、気づかないようにしかけなければ、だめなんだからね。」
中村係長が、ふにおちないような顔で、言いました。
「いや、ところが名案があるのです。コンクリートのくらは、どこにでもあるでしょう。そのくらの中のものを取りだして、からっぽにして、イスとテーブルをおくのです。つまり、くらの中を、ふつうの部屋のようにするのです。そして、ゆりかさんに、しばらく、そこに住んでもらうのです。」
「フン、なるほど、きみは、なんだか、とほうもないことを、考えだしたようだね。それで、そのくらがわなになるとでも言うのかね。」
中村さんは、あっけにとられたように、北村青年の顔をながめるのでした。
さて、読者諸君、北村青年は、いったいどんなわなを思いついたのでしょう。もう、それに、警視庁がさんせいして、いよいよわなをしかけるとしても、はたして、宇宙怪人をとらえることが、できるのでしょうか。
北村青年と、トカゲ男の知恵くらべです。お話は、ますます奇妙な場面にはいっていきます。それにしても、名探偵、明智小五郎は、なにを考えているのでしょう。いままでのところ、なんにもしないで、みなのやることを、ただ、じっと見ているような感じではありませんか。これには、なにか、わけがあるのでしょうか。