鉄ごうしは、ちゃんとしまっています。中はヒッソリとして、なんのけはいもありません。怪人は、たぶん、ねむりこんでいるのでしょう。
ふたりは、ころあいを見はからって、鉄ごうしに近づき、中をのぞきこみました。ゆりかさんの人形は、机のまえに横だおしになっています。
しかし、怪人のすがたはどこにも見えません。
「へんだね。机のむこうに、かくれているかもしれない。うしろの窓から、のぞいてみよう。」
ふたりは、そう、ささやきあって、くらのうしろにまわりました。そこには、さきほど、窓の扉をしめるためにつかった、小さいはしごがおいたままになっていたので、刑事は、それを立ててよじのぼり、窓の扉をひらきました。
「だれもいません。どうしたんでしょう。ほかにかくれる場所はありませんよ。」
中村係長がかわって、はしごにのぼり、のぞいてみましたが、刑事の言ったとおり、怪物のすがたはどこにも、見えません。
「きみ、いそいで、課長さんや、みんなを、呼んできてくれたまえ。なんだか、ようすがおかしい。あいつは、また魔法をつかって、消えてしまったのかもしれない。」
係長の言いつけで、刑事はかけだしていきました。
しばらくすると、くらのまえに、アパートの部屋にいた、ぜんぶの人が集まってきました。
課長のさしずで、刑事たちは、残るふたつの窓もひらき、そこから、のぞいてみましたが、やっぱり怪人は見つかりません。
そこで、相談のうえ、くらの中へはいってみることにして、ひとりの刑事が、アパートの二階にかけもどり、鉄ごうしを上にあげるボタンを押し、課長と、ふたりの係長とが、用心のため、てんでに、ピストルをかまえて、ひらいた扉の中へ、はいっていきました。
刑事たちは、くらの四方をとりまいて、まんいちにそなえています。
中にはいった三人は、くらのすみずみを残りなくしらべましたが、怪人は影もかたちもありません。
「このくらは、屋根もコンクリートだし、ゆか下にも、コンクリートがしきつめてある。窓の鉄棒も、もとのままだ。そのうえ、そとから、鉄の扉がしまっていた。ネズミいっぴき逃げだすすきまもないはずだ。じつに、ふしぎだね。」
課長が、あっけにとられたような顔で、つぶやきました。
「またしても星の魔法の世界ですね。ひょっとしたら、あいつのからだは、ゴムのようにのびて、ひらべったくなって、戸のすきまから、そとへ、ぬけだせるのではないでしょうか。」
中村係長が、みょうなことを言いました。しかし、いくら天界の魔物でも、戸のすきまから出られるほど、からだが、ひらべったくなるはずはありません。
これには、なにか、ふかいわけがあるのです。だれも気づかない、怪人の知恵が、はたらいているのです。
それにしても、くらを逃げだした怪人は、どこへいったのでしょう。空たかく飛びさったのでしょうか。それならいいのですが、もしや、ほんとうのゆりかさんの、かくれているところをさっして、そこへ、しのびこんでいるのではないでしょうか。
三人は、ハッとしたように、顔を見あわせました。そのことに、気がついたからです。
「ゆりかさんが心配です。いそいで、電話をかけましょう。そして、われわれも、あそこへ、かけつけましょう。」
中村係長は、そう言いすてて、あたふたと、くらのそとへ、走りだしていきました。しかし、電話が、まにあうでしょうか。毒ガスのボタンを押すまえに、怪人が逃げだしたとすると、もう、よほどの時間が、たっています。
もしかしたら、あのうつくしい天才少女は、空かける銀仮面の怪物の、こわきにかかえられて、どこともしれず、はこびさられているのではないでしょうか。