人体航空機
そのとき、明智探偵が、みんなの方をむいて、説明しました。
「あの男は、ぼくの助手です。宇宙怪人の変装用のきものと、あのキカイを、あいてにさとられないように、ぬすみだすのに、どんなに苦労をしたでしょう。しかし、いまでは、もう怪人のひみつは、なにもかも、すっかりわかってしまったのです。それを、これから説明します。このキカイは、一年ほどまえ、フランス人が発明して、パリのこうがいで、飛んで見せたものです。その写真が日本の新聞にものったほどです。ある悪いやつが、そのキカイを手にいれて、日本に持ってきました。そして、宇宙怪人になりすましたのです。
宇宙怪人は、いくにんもいるように、見せかけていましたが、じっさいは、たったひとりだったのです。そして、あいつは、地面を歩くときには、けっして、このキカイを身につけなかったので、みんなは、コウモリのはねで飛ぶものと信じていたのです。
宇宙怪人が、このキカイを身につけて、ほんとうに、飛んで見せたのは、平野君のうちのそばの、大きなカシの木の上からばかりでした。それから、デパートの屋上で、少年店員をおどかして、飛んで見せたことが、一回あるきりです。そのほかのばあいは、飛んだように思わせただけで、じつは、飛んだのではありません。たとえば、平野少年が、うちの庭で怪人に出あったとき、怪人は木立の中へ逃げこんで、ブーンという音をさせたので、飛んでいったと思ったのですが、じつは、音だけさせて、怪人はへいをのりこえて逃げたのです。
デパートの屋上のときは、もう暗くなっていたのですし、びっくりして、ふるえあがっている少年店員をごまかすのは、わけのないことでした。少年がたおれているあいだに、屋上のすみに、かくしておいたキカイを、身につけて、とんで見せたのです。暗いので、プロペラはハッキリ見えなかったのです。
平野君のうちのそばのカシの木から飛ぶのも、いつも、うす暗くなった夕がたに、きまっていました。怪人は、あのカシの木のてっぺんの枝のあいだに、キカイをかくしておいたのです。そして、だれかに、おっかけられると、カシの木によじのぼり、下からは見えぬ木の葉の中で、手ばやく、キカイを身につけて、飛びたつのです。
フランス人の発明した、このキカイは、まだオモチャみたいなもので、遠くまでは飛べません。せいぜい二、三百メートルで、キカイの力がなくなってしまうのです。ですから、怪人は、遠くへ飛びさったと見せかけて、じつは、近くの原っぱへおりていたのです。そして、銀仮面をぬぎ、キカイは原っぱによういしておいた自転車のうしろの大きな箱に入れて、その自転車にのって、ゆうゆうと逃げさったのです。銀仮面をぬいでしまえば、ふつうの人間ですから、だれもあやしむものはなかったのです。
みなさんは、平野ゆりかさんが、怪人にさらわれたときのことを、おぼえているでしょう。あのときぼくはカシの木の枝の上に、かくれて、怪人の来るのを待っていました。そのときから、ぼくはプロペラのひみつを、ちゃんとしっていたのです。
怪人は、ぼくのすがたを見ると、ゆりかさんをすてて逃げさりました。それは、ぼくが、木の上にがんばっているので、かくしてあるキカイのところまで、のぼることができなかったからです。では、どうして、そのとき、怪人をつかまえなかったかというと、ぼくのほうの準備が、まだすっかりできていなかったからです。しかし、ゆりかさんを助けないわけにはいきません。それで、しかたなくあんな、とっぴなやり方をしたわけです。」
ここまで説明がすすんだとき、いままでだまっていた虎井博士が、いきなり明智のまえに立ちはだかって、どなるようにいいました。
「では、空とぶ円盤はどうしたのです。あれは東京じゅうの人が見ている。あの円盤も、なにかのキカイじかけだったというのですか。」
「ハハハ……、その質問を、じつは待っていたのですよ。ぼくはあの円盤のひみつをとくのに、ずいぶん苦しみました。無線操縦と考えればなんでもないが、悪ものに、それだけの大きなしかけが、できるわけはないと思っていました。そこで、いろいろ考えているうちに、ふっと、ひとつの名案を思いついたのです。そして、それを実験して見ました。すると、その実験が、うまくいったのですよ。」
「はてな。それは、どんな実験です。」
「さっき、ここの空を、五つの円盤が千葉のほうへ飛んでいくのを、ごらんになったでしょう。あれがぼくの実験です。」
人々はびっくりして、明智の顔を見つめました。では、さっきの円盤は、宇宙怪人が、星の世界へかえって行ったのではなかったのでしょうか。
「ハハハ……、じつに、こどもだましの、やりかたですよ。ぼくは五羽の伝書鳩を、くんれんしたのです。東京のこうがいの森の中から、千葉県の山の中まで、五羽の伝書鳩を、なんども飛ばせて見ました。そして、いよいよ、これでいいと思ったときに、ほそい竹のわくに、うすい丈夫な紙をはって、大きなおわんのようなものを、つくりました。それを[#「つくりました。それを」は底本では「つくりましたそれを」]、きぬ糸で鳩のあしに、くくりつけたのです。うすい紙ですから、目方がごく軽いのです。そして、近いところを、いくども飛ばせて、れんしゅうさせたうえ、きょうの夕がた、ぼくの助手が、こうがいの森の中から、五羽の鳩をはなったのです。紙ですから風に飛ばされるおそれがあります。それで、風の少しもない夕がたでないと、こまるのです。さいしょ、銀座の空に、五つの円盤があらわれたときも、風のない夕がたでした。きょうも風は少しもなかったのです。夕がたをえらんだのは、空がうす暗くなっていて、紙の円盤を見やぶられないためでした。
紙の円盤は、はねをひろげた鳩が、すっかり、かくれてしまうほどの大きさです。下から見たのでは、ただ円盤が見えるだけで、鳩は見えません。それに、うす暗い夕がたですから、まず、気づかれる心配はなかったのです。しかし、鳩のあしに大きな紙の円盤をさげたまま、できるだけ高い空を飛ばせるという練習には、ずいぶん骨がおれました。いくど失敗してやりなおしたかしれませんよ。宇宙怪人にばけた悪ものも、この練習には、よほどの時間をかけたにちがいありませんよ。」
明智は、そこで、ことばをきって、応接間のおおぜいの人々を、グルッと見まわすのでした。