新之助は、南側の御小座敷の外に戻った。
屋根の上には、職人が、しゃがんだり、立ったりして、修繕の仕事をしていた。六兵衛が、下からその仕事ぶりを監督するように眼をしかめて見上げていた。
新之助が戻ったのを見て、
「おい、何をぼやぼやしてやがるんだ」
と叱って、顎《あご》で、こっちへ来い、と呼んだ。
「へえ」
新之助は六兵衛の前に近づいて、腰をかがめた。
「なにしろ、広いもんで……」
六兵衛は再び屋根へ眼を投げた。光を漲《みなぎ》らせた蒼い空を背景にして、職人たちは一心に仕事にかかっていた。
六兵衛は、さらに左右を見廻して、
「どこへ行きなすった?」
と低い声で訊いた。
「うむ、何となく歩いていたら、珍しい人に会ったよ」
腰をかがめたまま、職人に化けた新之助も小さな声で答えた。
「珍しい人ですって?」
「お縫さんだ」
あっ、というような眼を、六兵衛はした。
「そりゃあ、よく……」
「おれも思いがけないのでおどろいたが、お縫さんもびっくりしたらしい」
「そうでしょう」
と六兵衛はうなずいて、
「お縫さんが大奥《ここ》とは分っていましたが、よくもまあ、こんな広大なところで遇えましたね。お縫さんとは、どんな話がでましたか? 随分、お逢いにならなかったから……」
「いや、それが……」
新之助は苦笑を浮べた。
「何にも話が出来なかったのだ」
「へえ、そりゃ、また。誰かお女中衆でも横に居ましたかえ?」
「女中ならいいが」
新之助は答えた。
「妙な男が傍にいたのだ」
「妙な男が?」
「うむ。奥役人の下の方だとは思うが、お縫さんを頻《しき》りと口説いていてね」
思いがけない話なので、六兵衛が呆れた眼をして、急に返事をやめた。
「わしも、ひょっこり、その場に行き当ったものだから、うっかり話を途中から聞いてしまった。なんでも夫婦《めおと》に早くなりたいと、男の方は云っていたぞ」
「………」
「お縫さんが困って遁《に》げようとするのを、しつこく搦《から》んでいたから、わしも、思わずその場に出てしまったが」
新之助はそこまで云うと、
「六兵衛、この話は、あとでゆっくりしよう」
「慣れないことで、お疲れだったでしょう、若様」
六兵衛の女房が、銚子をすすめながら、新之助の顔をのぞいて云った。
障子を開けていると、狭い庭から入ってくる夜の風が、もう、うす寒いくらいである。六兵衛がたのしんでいる鉢の菊が、白い花弁をひろげて、縁にあった。
「いや、それほどでもなかったが。何もしなかったのが、かえって気苦労だったくらいだ」
新之助は、職人風にかたちを変えた頭をふった。
「何かされたら、こっちが大変だ」
六兵衛は笑った。
「屋根直しの、また直しをしなくちゃならねえ」
「あんなことを云って」
女房も笑いながら、
「さあ、お一つ」
と酒をついだ。
「おい、そいつはおれたちが勝手にやる。少し、話があるから、おめえは、あっちへ行ってくれ」
六兵衛は女房に手を振った。
「あい。そいじゃ、銚子が空《から》になったら、お前さん呼んでおくれよ」
女房は、新之助におじぎをして去った。
「さあ、若様、これで誰もいねえ。今日のひる、お城でお縫さんにお会いなすった一件を、ゆっくり承わろうじゃございませんか」
六兵衛は盃を置いて新之助に、
「誰か、奥役人の下っ端みてえな奴が、お縫さんに夫婦になってくれと搦んだところでしたね?」
と話のつづきを訊いた。
「そうだ」
新之助は、うなずいて、
「話の途中からだったが、お縫さんも、困っていたようだった」
「そうでしょう。女ばかりのところに勤めているから、男もそんな、いやらしい野郎に出来るんでしょうね。お縫さんも、遠慮なく、剣つくを食わせたでしょう?」
「ところが、そうじゃないのだ。お縫さんも逃げたそうにはしていたが、どうやら、その男と夫婦の口約束はしたらしいな?」
「そ、そんな、べら棒な話はねえ」
六兵衛は、眼をむいて叫んだ。
「そりゃ、若様の聞き違えだ」
「いや、おれは、たしかにこの耳で聞いたよ。妙な話だが、男が心変りをしたのか、と訊いたとき、お縫さんは、わたしの気持は変らぬ、先で必ず夫婦になる、と云ったのだ」
「若様、それは確かにお縫さんですか! お前さんの見違いじゃねえでしょうな?」
六兵衛は新之助の顔をのぞき込んだ。
「六兵衛。おれはまだ若い。眼は、お前より確かなつもりだ」
「お縫さまが」
と六兵衛は、ようやく、新之助の言葉を信じて云った。
「そんな男と、夫婦約束などする、いや、相手にするはずはないが、これは、何か仔細がありそうですなア」
彼は腕を組んで、考えこんだ。
「六兵衛、わしには、その仔細がおよそ分る気がするがの」
「はて、それは、どのような筋で?」
「お縫さんは、麻布の叔父に云いつかって、大奥の何かを探っている。叔父は脇坂侯と組んでいるから、お縫さんのしていることは、見当がつく」
新之助が云い出すと、六兵衛もうなずいて、
「危ねえ話だと、麻布の殿様にも、あっしは度々申し上げたんだが……」
「危険だ」
と新之助も同意した。
「危いが、一旦、うけ合ってお城に上ったからには、お縫さんも一生懸命だろう。だが、本人は逸《はや》っても、ひとりでは容易に仕事が出来ぬ。そこで、その男を利用のために抱き込んだのだと思う」
「なるほど」
「ところで、男の方は、お縫さんにのぼせているから、あんな場所でも、見境なく云い寄ってくる。六兵衛、およその見当はその辺だろうな」
六兵衛は、じっと考えていたが、
「なるほど、若様の筋の読みは早え。あっしも聞いていて、合点がゆきそうですよ」
と顔を上げたが、眉をしかめていた。
「お縫さまも、いろいろな苦労のひっかかりがあるようだ。何とか、その苦労でも助《す》けてあげられないものでしょうかね」
「お城の中のことだ。そいつは、ちょいとむずかしかろうな」
「そう他人《ひと》ごとにおっしゃるもんじゃねえ。頭の働く若様だ。何とか知恵が出ねえもんですかねえ」
「大奥のことは、俗界と違って、格別だからな」
「そう、はじめからお投げになっちゃ困ります」
「お前に、いま、やいやい云われても、そう急にはいい思案も出ぬわ」
「それでは、考えて下さるので?」
「まあな」
新之助は、曖昧に返事して、盃をとり上げた。
「若様、一体、お縫さまに搦《から》んでいる男ってのは、何と云う名か、お聞きになりませんでしたかえ?」
六兵衛は思いついたように訊いた。
「うむ、なんでも、お縫さんは、落合さまとか云ったようだが……」
「落合……?」
六兵衛の眼が光った。
落合という名を新之助の口から聞いて、六兵衛は、思い当った、というような顔をした。
「そりゃア、添番じゃありませんか?」
「うむ?」
「添番で、落合という男がおります。四十ぐらいの、色の黒い瘠せて顎の尖った、眼のぎょろりと大きい……?」
六兵衛が、その人相を説明すると、
「そうだ、そういう顔だった」
と、新之助は印象を想い出してうなずいた。
「落合久蔵です」
六兵衛は名前を口に出した。
「知ってるのか?」
「それほど深くは知りません。お城の仕事をしているとき、ちょいちょい見廻りにくるので、顔を合せたら挨拶するくらいですが……へええ、あの男がお縫さまにねえ……」
六兵衛は、顎を撫でた。
「あの男じゃ、ちっとばかり役者が合いませんがね……」
と不思議そうにしていたが、
「ああ、そう云や、いつか、麻布のお屋敷の前で、あの男が、うろうろしていたことがありましたよ」
六兵衛は、記憶を呼び起したように云った。
「叔父の屋敷の前を?」
新之助は、瞳《め》をあげた。
「そうです、そうです。お屋敷の前の、お寺の門のところで、随分、永く立っていましたっけ。知り合いの回向《えこう》の帰りだとか言い訳を云ってましたが」
……島田又左衛門と、お縫が、駕籠に乗って脇坂侯の邸に行くというので、目に立ってはと思って、自分が落合久蔵を追払ったことがある。
「そうだ、あのときも、麻布にお縫さまが来ていた」
六兵衛は云って、舌を鳴らした。
「畜生、さては、あのころからお縫さまを狙ってやがったな」
新之助は、六兵衛の最後の言葉を聞いて考えていたが、
「六兵衛。踏台というのは何のことか知らぬか?」
「踏台?」
「落合という男がそう云ったのだ。その一言で、お縫さんはあわてていたが」
「踏台? さあ」
六兵衛にも、分らないようだった。
「そうか。叔父貴にでも訊いたら仔細が知れるかもしれないな」
新之助はうつむいて盃を運んだ。
「落合には……」
と云い出したのは、六兵衛だった。
「たしか、女房がいると聞きましたがね。おかしな話だ、それがお縫さまと夫婦になりたいなどとは……」
秋風が立つと、大奥女中も衣替えがある。九月|朔日《ついたち》から九日までは袷《あわせ》を着《つ》ける。上臈、お年寄、中年寄、中臈などは、金糸色糸を総縫いした白|綸子《りんず》の袷に、白羽二重を重ねるが、お目見得以下は、縮緬《ちりめん》地に、草花、源氏車などの模様ある袷をつけ、白羽二重を重ね、織物の帯を纏《まと》う。
こういう衣替えがあって、気持の上でも秋を感じた二日目、長局の、登美の部屋に、
「ご免下さいまし」
と声をかけた者がいる。
「はい、どなた?」
登美の部屋は四人の相部屋であるが、そのひとりが見ると入口には、かねて顔を見知っている、年寄樅山の部屋子、|つた《ヽヽ》が畏《かしこま》っていた。
「ああ、お前さんか、どうしたのかえ?」
朋輩は訊いた。
「はい、こちらへ、もしや、お|いと《ヽヽ》さんが参っては居りませんでしょうか?」
「お|いと《ヽヽ》さん?」
登美はじめ、四人の女は顔を見合せた。が、ひとりが合点したように、
「あ、樅山様の可愛がっておられる……?」
と云いかけて、口から笑いをこぼしそうにした。
「さようでございます。旦那さま(樅山のこと)が大切にしていらっしゃる猫でございます」
部屋子は、笑いもせず、むしろ、悲しそうに云った。
樅山は猫が好きである。贅沢なもので、その猫の係りに部屋子が一人、つき切りだったが、猫は畳の上に寝ないで、樅山の裾の上に寝たり、特別にこしらえた猫の蒲団の上に寝たりした。管籠《くだかご》の中に、板締《いたしめ》縮緬の蒲団があって、猫の寝床になっている。
その猫は、三毛で、生れて三年くらい。樅山は、これに、|いと《ヽヽ》という名をつけていたから、はたの者は、おいとさん、おいとさん、と呼んでいた。
その、おいとさんの係りが、この部屋子で、彼女は心配そうな顔をして尋ねて来たのである。
「おいとさんは、ここに来ておりませんが、どうかしましたかえ?」
相部屋の朋輩は訊いた。
「はい。今朝がたから、急に見えなくなりましたので、大騒ぎしているところでございます。旦那さまのご機嫌が大そう悪いので、みなさまが心配して、方々を探しておりますが、皆目、どこへ行ったか知れません。それで、もしや、こちらへ迷い込んで参ってはおりませぬかと、お伺いに上りました」
部屋子の|つた《ヽヽ》は、自分の手落ちなので、蒼い顔をしていた。
「ここには居ませんよ」
と、こちらでは答えた。
樅山の猫係りの|つた《ヽヽ》は困り切った顔をしている。
「天井裏に上っているのではないかえ?」
「床下にいるのではないか?」
と、こちらでは勝手なことを云っているが、もとより、そんな所は探し尽したのであろう。|つた《ヽヽ》は首を振っていたが、
「それでは、お|いと《ヽヽ》さんの姿を見かけたら、どうぞ教えて下さりませ」
と頭を下げて立ち去った。
あとで、四人は顔を見合せて、
「あの騒ぎでは、とんと、人間の子を探しているようじゃ」
とか、
「樅山さまは、人一倍の猫好きで、人間には、きつい性分ゆえ、部屋の者が、さぞ、難儀していることであろう」
と噂していた。
この、お|いと《ヽヽ》という猫は、大そう躾《しつけ》がよく、部屋子などが、お下りものを与えても、ちゃんと自分の寝床に咬《くわ》えて行って、そこで食べるという工合。それで、食べものを拾い歩きするということは考えられない。それに、樅山の部屋は、一の側にあって、こっちの二の側に来る筈もなかった。
ところが、その晩の夜ふけ、登美が御用所の近くで、かすかに、猫の啼き声をきいた。
「はて」
登美は、雨戸を繰り、手燭を持ち出した。杉の葉を敷いた、手水鉢のあたりには、小さな動物の姿は無かった。
彼女は庭下駄をつっかけて地面に降りた。猫の啼き声は、今度は、意外に近いところから聞えた。
大奥の建物は、いずれも床が高い。登美が手燭を奥に向けると、その隅の方で一匹の猫がうずくまっていた。灯を受けて、猫の眼は怕《こわ》いくらいに光った。
「お|いと《ヽヽ》さん、お|いと《ヽヽ》さん」
登美は呼んだ。
その声に甘えたように、猫は、また啼いた。
「こっちへおいで」
登美は、掌をさし出して呼んだ。
猫は、逃げもせずに、じっと背を丸くしてうずくまっていたが、登美が二、三度、呼びつづけると、ゆっくり起き上って、少し、こっちへ歩いてきた。
「お|いと《ヽヽ》さん、おいで、おいで」
登美は力を得たように、手で招いた。
猫は、誘われたように、そこまで来て、登美の指を舐《な》めた。
登美は、片手で、猫のくびをつかまえ、抱き上げた。鈴の音が小さくした。猫の首には、紅絹《もみ》の首輪に、銀の鈴がついている。
「お|いと《ヽヽ》さん」
登美は、そう呼んで、柔かい毛に頬をすりつけたが、このとき、彼女の心に浮んだことがある。
夜中に、長局を歩くのはひどく寂しい。
廊下の、ところどころに置いてある金網灯籠が、ぼんやりと薄い光を投げているだけである。
縫の登美は、猫を抱いて二の側から、一の側へ歩いた。人影もなく、声も洩れない。猫は、かき抱いている登美の袖の中にうずくまって、かすかに咽喉を鳴らしている。柔かい重味が登美の手に乗っていた。
金網灯籠も、身分ある女中のいる一の側になると、真鍮で出来ている。その真鍮金網灯籠が、柱に貼った奉書の切り紙の「樅山」の字を浮き出した下で、登美は畏った。廊下から部屋の入口は、黒塗縁の杉戸で仕切られ、内側には花鳥の彩色絵があるが、むろん、廊下からは、裏側の杉の糸柾《いとまさ》の木目《もくめ》が見えるだけである。
「お頼み申します」
登美は、遠慮そうに、杉戸の傍から声をかけた。
寝静まっているとみえ、一度くらいでは、内から返事がありそうにない。登美は、二、三度、
「お頼み申します」
とつづけた。
はい、と返事したのは、樅山に附いている女中で、
「どなたでございますか?」
と杉戸越しに訊いてきた。夜中に訪問者があるのを奇怪に思っている声だった。
「お三の間の登美でございますが」
彼女は杉戸近くで声を出した。
「お|いと《ヽヽ》さんを連れて上りました」
「それは」
と内側が、はっきりとざわめき立ったのは、その口上をきいてからであった。間もなく、杉戸が開くと、雪洞《ぼんぼり》の光が、登美の顔を照らした。
「おお、これは、これは」
樅山の側についている女は、登美よりも、その袖に抱かれている猫にとびついて、
「まあ、お|いと《ヽヽ》さん、どこに行っていましたかえ。よく、まあ無事で」
と両手に抱えて頭に頬ずりした。
「二の側の、ご縁の下で啼いておりましたので、夜中とは存じましたが、お連れしました」
登美が、説明すると、奥から部屋子二、三人が、走るように出てきて、
「旦那様が、早う」
と、せき立て、猫を守るようにして奥へ行った。
「お登美さま。ありがとうござました」
と、そこに泣き伏したのは、責任者である猫係りの部屋子だった。
登美が、この騒動にすこし呆れて、戻ろうとすると、
「お登美さま。旦那様が、しばらくと申されています」
と、奥から急いで出て来た女中に制《と》められた。
登美が呼びとめられて、年寄、樅山の部屋に導かれてゆくと、幅一間の入側を通り、八畳の間に通された。
この部屋の東には間口一間、奥行三尺の仏間があり、これには将軍先祖代々の過去帳が備えられてある。しかし、黒塗本骨の障子がはまっていて、これは外から見えない。天井、小壁などは、白地に銀泥で唐草模様を描いた貼り附けで、これが雪洞に淡く光って、夢のような荘厳さがある。年寄の部屋ともなれば、なかなか立派なものだと登美はひとりで感心した。
樅山は、お|いと《ヽヽ》さんを抱いて、仏間の前の机のわきに坐っていたが、頭も上げずに入ってきた登美を見ると、
「登美かえ、近うおいで」
と、にこにこして云った。
三十を二つくらいは出ているが、五つ六つは若く見える。面長の顔で、唇がすこし大きい難をのぞくと、まず美人の方に入る。
「お|いと《ヽヽ》が世話になったそうじゃな」
樅山はやさしい声で云った。その猫は主人の膝の上におりて丸くなった。
「夜中にお伺いするのも如何かと存じましたが、おたずね遊ばしていることを承りましたので……」
登美は神妙に答えた。
「よう来てくれたな。部屋の者がうかつなため、お|いと《ヽヽ》が何処ぞへ失せて、さきほどまで、よう睡らずに心配していたところじゃ。これで、わたしも安心、気を落ちつけて寝《やす》めます。礼を云いますぞ」
「恐れ入ります。ただ、わたくしは、お連れ申しただけで、そのお言葉を頂戴するのは、勿体のうございます」
登美は恐縮したように頭を下げた。
「登美。何か礼をやりたいが……」
樅山は左右を見廻した。
「滅相もございませぬ。どうか、そのようなことは……」
登美は辞退した。
「いえ、それでは、わたしの気が済まぬ。他人《ひと》は、たかが猫の仔と笑うであろうが、わたしには、かけがえのないわが子も同然じゃ。それを助けてくれたそなたに何もやらずに帰すのは、こちらの気が済まぬ。登美、硯筥《すずりばこ》でも、簪《かんざし》でも、遠慮のう云うてたもれ」
樅山は執拗に云った。
登美は、二度、押し返していたが、決心したように、
「樅山さま、それでは、かねてのお願いを申し上げます」
「おお、何じゃな?」
「わたくしを、ご祈祷のお供に、ぜひ、お加え下さいまし」
「なにご祈祷の?」
「はい、感応寺のご本堂へお詣りいたしとうございます」