それは私が中学一年生の頃の話だ。小学校からエスカレーター式で上がってきたため私自身あまり新鮮味はなかったのだが、クラスで一人だけ他県から越してきた人がいた。馴れない場所で緊張しているのか、あるいはそれが素なのか始終黙りこくっているため、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出しており、そのせいで根っからの人見知りである私は入学当初から彼女を苦手な人間として脳内にインプットしていた。なのにも関わらず奇跡的に彼女と隣席してしまった私は、最早これからの学校生活は絶望的だと酷く大袈裟に嘆いたのを今でも覚えている。
そんな彼女ときっと生涯忘れることのできない少し変わった約束をしたのは、入学後すぐにあったオリエンテーションでのことであった。それの内容の一つには私にとってとても大きな難関である隣席した人同士の自己紹介をするというものがあった。それは酷く頭を悩ませた。ちらりと隣の彼女の顔色を伺ってみても我関せずと言わんとするような泰然自若な態度で沈黙していたため、半ば自棄になった私も一緒に黙りをきめこんでしまった。
「将来の夢、何。」
その妙な沈黙を破ったのは意外にも彼女だった。それにしても第一声が、おかしい。普通は名乗ったりする場面だろう此所はと少し訝しみながらもないと答えた私に眉をひそめる反応をみせた彼女は、趣味は何かとさらに質問を重ねた。かなり一方的で唐突な質問であったため少したどたどしく読書が好きだと答えると、
「私の夢は全国大会に出ることだよ。」
と少し誇らしそうに言った。一体何の全国大会に出るのかと聞くと、陸上だという。しかし彼女は格段足が速いわけでも、陸上の経験があるというわけでもないらしい。ただ単に走るのが好きなだけだと、彼女は嬉しそうに語った。
「だからさ、あんたは図書室の本、完読してよ。」
読書好きなんでしょ、と第一印象から随分と懸け離れた彼女はいきなりそんなことを言いだした。何を急に、と言い淀んだ私にニッと笑いながら小指を立てた右手を突き出した。
「私は全国、あんたは完読。はい約束!」
半ば勢い負けした私は突き出された彼女の小指に自分のそれを絡めた。
その日から陸上部に入った彼女は練習に明け暮れる毎日を過ごし、私は前よりも一層、読書に没頭するようになった。グランドへ赴き彼女の練習風景を見、今の状況を話ながら帰る日もしばしばあった。月日が経ち、クラスメイトでなくなっても、それは続けられた。
しかし物事はそう上手くいくはずもなく、彼女は全国大会までは行けず、私は100冊以上を残し卒業の日を迎えてしまうという彼女も私も悔いを残す結果となってしまった。しかし彼女の立ち直りは早かった。まだ少し落ち込んでいる私に向かって、また何時ぞやの笑みをニッとうかべ、
「期限、高校卒業まで延ばしましょうかね。」と楽しそうな声色で言った。
今ではたまにしか連絡をとり合う程にはなったが、私は近所の図書館の本を読み漁り彼女は今もどこかであの頃の様に懸命に風を切っている