そう言ってくれたのは、私の大好きなおばあちゃんだった。目の前に広げられたハンカチには色鮮やかな花が咲き誇っていて、まるで宝物のように見えた。小学生の私が持っているハンカチとは違う、その大人びた美しさに私は惹かれた。
「本当にくれるの?」
そう尋ねた私に微笑みかけた後、おばあちゃんはハンカチをしまった。
「早く中学生になりたいな。」
思わず言葉になって出てきた私の本心。早く中学生になりたい。早くあのハンカチがほしい。幼い私の目は、きっと期待に満ちて輝いていたにちがいない。
しかし数ヶ月後、おばあちゃんは死んだ。突然の交通事故。あんなに元気だったおばあちゃんは、私が中学生になる前に、私の傍からいなくなってしまった。溢れでる涙は止まらなくて、ただ泣き続けた。夢であってほしい。何度そう願っただろう。しかし、その夢が終わる事はなくて、届かない叫びだけが響いていた。
おばあちゃんが死んで、私はあの約束を忘れてしまっていた。中学生になって、勉強やクラブ活動で忙しい日々を送る内に、おばあちゃんの事を思い出す時間も減っていった。そんなある日、私はおじいちゃんに呼ばれた。おじいちゃんは部屋で、おばあちゃんの遺品を整理していた。並べられた、なつかしいおばあちゃんの愛用品。こぼれそうな涙を、必死でこらえた。
「おじいちゃん、どうして私を呼んだの?」
「ばあちゃんの物をたまちゃんにやろうと思ってな。しまっておいても、しかたないじゃろ。」
事故から二年近くたって、ようやくおじいちゃんはおばあちゃんの死を受け入れ、思い出の品々を整理できるようになったのだろう。服や小物を、私や妹に使ってほしいと言った。もちろん、私は喜んで「ありがとう。」と答えた。並べられた物を手に取って、おばあちゃんの事を思い浮かべた。あの温かい笑顔、優しい言葉が一つ一つよみがえってくる。そして、ある物を見つけた時、私は息をのんだ。変わらない美しさを放つそれは、あの日おばあちゃんが見せてくれたハンカチだった。思わず手をのばし、ぎゅっと抱きしめた。忘れていた約束がよみがえる。こみあげてくる思い。
「おばあちゃん……」
どうして忘れていたのだろう。あんなに願っていた中学生に、自分はいつのまにかなっていた。もうこのハンカチは、自分のもの。しかし、私はそれをもとの場所にそっと置いた。そして、おじいちゃんにこう言った。
「まだ置いといて。もう少ししたら、もらいに来る。」
確かに、約束の中学生になった。でも、今はしまっておこう。ハンカチは人の心と共にあるもの。人の努力の汗をぬぐい、人の喜びの涙をぬぐうもの。それをおばあちゃんはくれようとしていた。私が立派に成長する事を祈って。なら、まだもらうことはできない。おばあちゃんに誇れるぐらい、自分に自信が持てるようになったら受けとりに来る。その方がいい。私はおじいちゃんに笑いかけて、部屋を出た。いつの日かちゃんともらいに来ると、空にいるおばあちゃんに約束して。
高校生になって、私は時々あのハンカチを見に行くようになった。ハンカチを見ながら心の中でおばあちゃんに聞いてみる。 「私はもう、ハンカチをもらえるかな?」
答えはない。でも、あと少ししたら返ってくる。あの優しい声で、「もういいよ。」と。