息子の高校二年の夏は私の子育ての中でも最も大きなヤマ場だった。この夏、大学受験を宣言したものの、わずか二週間ばかりの図書館通いで挫折し、受験参考書はまとめてごみ箱に捨ててあった。
思春期に入った男の子の扱いは女親の私で想像もできず、男の子を持つ親にそれとなく扱い方を聞いたりもしたが、いろいろなことはその家々での処理の仕方があって一様ではない。1結局は我が家流に物事を処理して、わたや流に社会に出しても恥ずかしくない人間を育てていかなければならないのだと思った。
息子が受験勉強を捨てた夏......
そのある日、夜遅く帰宅した息子は、私と娘の前をまるでカニのように横歩きで横切って自室に入った。「きっと何かを隠している」。私と娘は息子の部屋の明かりが消えてから、そっと懐中電灯で息子の顔を照らしてみた。耳で何かが光った。「ピアスだ」。娘が小さな声で言った。
翌日起きてきた息子に、「君は私立高校だよね。ピアスは禁止。退学だよ。」と注意した。すると、「うるさいなー。夏休みの間だけだよ。」息子はそう言い返した。
翌朝には、「俺土木作業のバイトに行く。橋を作りに行くから」と言い、たくさんの人を乗せた迎えのワゴン車に乗って行ってしまった。耳に、ピアスをきらりと光らせたまま。
「男の子なんか産むんじゃなかった。軌道を持たない失敗作のコマだ。」
「何かの時のデメリットだけちゃんと教えて、後は放って置いたら。男になろうとしているのよ。」娘がサラリと言った。
橋が完成したかどうかも分からないまま、今度は「お金がたまったので、自動二輪の免許の合宿にこれからでかける」という息子のメモ用紙一枚で、いきなり違う展開になった。
夏休みの最後の日、息子は免許証を手に、日に焼けた顔で帰って来た。2卒検に落ち、食費が無くなり、食パンだけかじっていたという。免許証を見せてくれようとしたが、私は振り向きもしなかった。
一緒に受験勉強をしていた息子の友人に町で会ったので、なぜうちの子は受験勉強を挫折したのか、思い切って聞いてみた。
「参考書が合わなかったのではないですか。もう少し優しい参考書をもう一度一緒に選びに行きましょうか。」その友人の手助けるを得ながら、再びの受験勉強で息子は大学生となり、そして今春めでたく社会人となれた。毎年夏が来ると、何かに取りつかれたようなあのぎらぎらとした息子の夏を思い出す。