日曜日の朝、出掛けようとした次男が、大声で私を呼んだ。
「ええっ、そんな。どうしよう。」
思わず叫んでしまった。次男は玄関の戸を開けたままポーチの一角を指さしている。どきどきしながら見ると、毛も黒々と生えたツバメの雛が一羽、まばたきをしながらうずくまっていた。よかった、まだ生きていたのだ。
巣を見上げると雛の兄妹たちが、きょとんとした顔でこちらを見ていた。むっくりと大きくなった体。もう一週間もすれば巣立ちのはずで、楽しみにしていた反面、あの小さな巣から無事五羽はみ出さずにいられるのかと心配していたところだったのだ。去年までは、雛は四羽しか生まれていなかった。
「巣に戻してやらんと―」
そっと雛を手のひらに取り上げた私に、
「いけん、お母さん、手袋せんと。人間の匂いがついたら、親は育てんかもしれんのに。あーあ、もう、だめじゃ。」
次男は情けなさそうに言うと、出掛けていってしまった。失敗だ、茫然自失。雛の羽はまだ不揃いで、頭には白い産毛が数本立ってはいるものの、ほとんど成鳥と変わりはない。ここまで育てた親の労苦を考えつつ、私の手の中で、じっと目を閉じている様子を見ていると、戦争で親とはぐれ、苛酷な運命に表情すらなくしてしまった子供を思い起こさせ、いたたまれなかった。絶対死なせてはならない。そして、飼おうか、いや何とか親元に戻す方法を考えなければ――。でもまずは餌だ。私は釣り具屋へ急いだ。生き餌を所望すると、与えやすいからとサバムシを勧めてくれた。
雛を手のひらに乗せ、ピンセットでサバムシをつまみ、口元にもっていく。わずかにずれた嘴の合わせ目からサバムシを入れると、びっくりしたように口を開け、立て続けに四、五匹食べてくれた。温かい体、私の手にからまる足の指。頬ずりしたいほどかわいかった。
そこへ起きてきた長男。事情を話すと、
「巣に戻してみようよ。どうなるかわからんけど、やってみるしかないよ。」
元気になった雛は、親を求めてか鳴き始めた。脚立を用意していると、巣の回りは異常を感じたらしい親と仲間のツバメが、威嚇するように旋回している。そのすきをねらって、手袋をした長男は、素早く雛を巣に戻した。
あの雛だけ親が餌をやらなかったら―心配でならなかった。どうか受け入れてほしい、祈る思いで様子を窺っていると、親は私たちには警戒しているものの、雛には平等に餌をやっているようでまずはひと安心。それ以来巣の下を通る度に、また雛が落ちてはいないかポーチを見回し、あの雛が死んではいないか、餌を待つ雛の頭数を数えた。でも、幸運にも、雛の命は全部確実に育っていった。
手に残る雛の温もりと命の鼓動。祈りにも似た思いで待った巣立ち。青く遠く澄み渡る朝空に、五羽の雛は元気に飛び立っていった。