家を出る時には、昨夜の台風に倒されていたはずの庭の泰山木が、一時間程の買物をすませて家に帰ってみると、すく―と立ちあがっていたのである。
部屋にはいると、夫は背中を丸めてテレビを見ていた。私が帰るのを待ち受けていたかのように、夫はテレビに目を向けたまま言った。
「木の生命力はものすごいもんじゃなあ、泰山木、勝手に起きあがったわ」
無口で、気軽に冗談など言えるひとではない。
驚いた私は庭に走り出た。
私達が郊外に念願のマイホームを建てたのは、私が四十歳の時のことである。この地に移り住んで真っ先に買ったものは、幼子の背丈程の泰山木だった。
近所の植木屋さんから、自転車の荷台にくくりつけて持ち帰った。艶やかな葉が、春先の強い風に悲鳴をあげているようで、何度も荷台を振り返った。
庭に広げられた山土の下にはがれきが埋められていて、スコップとがれきは攻防戦を繰り返した。
力つきた私は、浅い穴に根を置くと土をこんもりと盛りあげた。
三年を経ても、五年が過ぎ去っても、泰山木は期待した程には大きくならなかった。
それでも初夏になると清らかな白い花を咲かせて、辺りにレモンに似た香りを漂わせてくれていた。
その泰山木が、この地には珍しい昨夜の大型台風に倒されたのである。根を深くおろしきれなかった泰山木は平たい根を見せて横たわっていた。
「泰山木が倒れたあ、泰山木が倒れてしもうたあ」
朝からどれ程嘆いたことであろう。私の嘆きをよそに、夫は黙ってテレビを見ていた。
庭に走り出た私は、立ちあがった泰山木をもう一度じっくりと眺めた。
木の根元には、掘り起こされたばかりの小石やがれきが積みあげられている。少し離れた場所には、泥のついたスコップが投げ捨てられていた。
台風一過の澄んだ陽光を浴びて、泰山木の葉が輝いている。
部屋に戻った私は澄ました声で、夫の背中に言った。
「ほんと、木の生命力はたいしたもんだわ」
丸い背中が、かすかに笑った。
あれから八年、男手で地中深く根を埋められた木は、ぐんぐん大きくなった。
夕暮時になると、今では大樹となった泰山木の下を、左肩を少し落とした夫はのんびりとのんびりと帰ってくるのである。