「おばちゃん、久し振り。元気?」
一人の少年が、笑いながら声を掛けてきた。
「えっ、あれっ!!もしかして、S君?」
私は、まじまじと坊主頭の少年を見た。彼は「うん」と、はにかんだ表情で頷いた。
「まあ、さっぱりして。見違えてしまったが」
私は、思わず坊主頭に手をやった。少年の髪は、ちく、ちくと手の平に痛いほど堅い。くすぐったそうに笑うS君を見ていると、初めて彼に声を掛けた日の事が、思い出される。
あれは、昨年の二学期が始まったばかりの頃だった。私が仕事をしているスーパーの近くに中学校がある。明らかに授業中と思える時間帯に、たびたび店にやってくる中学生がいた。しかも、茶髪にピアス、ネックレス、ダブダブのズボンという、いで立ちであるから目立つのは当然である。たいてい、私が担当している惣菜売場にやってくる。見掛けるたびに気になったが、なかなか声が掛けられなかった。それでも、ある日、思い切って少年の側に行き声を掛けた。
「ボク、まだ授業中じゃろう。外に出て買い物なんかしちゃあ、だめじゃろう」
「今、給食時間じゃからええんじゃ。給食なんか、まじいけえ、食べとうねえんじゃ」
私の言葉に、一瞬驚いた表情を見せたが、そう答えると、手にした牛丼を持ちレジへ行こうとした。少年の口から出た一言に、
「まあ、何という罰当りなことを言うの。給食を作っている人に失礼よ。給食代は、誰が払っていると思ってるの。まったくもう!!」
怒りが込みあげ、思わず説教染みた言葉が出てしまった。少年は、そんな私を一瞥すると、レジへ行ってしまった。私は、もっと、言いたい感情を押さえ、少年の後姿を見ていた。
それがS君という名の少年で、二年生であることも、あとで知った。私の一言など何の意味もないのか、その後も相変らずやって来た。何人かの友だちと一緒の時もある。まだ、何となく幼なさが残っているが、無理に背伸びをしたい年齢なのだろう。
「買い食いばかりせんと、ちゃんと給食食べられよ。授業中に外に出るなんてとんでもない」
無駄だとわかっても、姿を見ると一声掛けた。「わかったよ」少年も素直に頷くようになった。喧嘩したと言って、顔に青あざを作って来た時は、びっくりし、心が痛んだ。
やがて年が明け、S君は三年生になった。受験生だ。気がつけば、普通の学生ズボンになり、ピアスも消えていた。姿を見掛けることも少なくなっていた。おかしなもので、見なければ、見ないで気になっていたのだった。
「おばちゃん。給食、ちゃんと食ようるよ」
坊主頭の少年は、一言そう言って去って行った。私の目に、少年の後姿がまぶしく映った。