「ちょっと来てみ」
十時半を過ぎた頃、星座大好き中学生の次男がベランダから私を呼んだ。南にオリオン座。太陽の七百倍もの大きさをもつというベテルギウスが、ひときわオレンジに輝く。
だが、ブルルッ。あまりの体感温度に身がすくむ。
「きれいだね。でも寒いよ、もう入ろうよ」
「まあ見てみ。あれがおおいぬ座シリウス。で、あっちの、ほら、あのマンションの上に見えとるんがこいぬ座のプロキオン、これで冬の大三角の出来上がりやで」
凍てつくような寒さの中で、息子の熱い講釈を聴く。冴えて映える、はるか彼方から明るい光を放つ一等星も、それを夢中で指さす息子の横顔も。
続いて別の星を、彼は懐中電灯片手に星座早見で熱心に調べる。横から私は、たいしてわかりもしないくせに、ああじゃないかこうじゃないかと口を挟む。吐く息は白いが、心は浮き立ってくる。
私は星座に詳しくない。自分の目で見つけられるものといったら、このオリオン座のほかには、北極星と北斗七星とカシオペア座のみ。小学校レベルから全く進歩がない。確か、季節によって北斗七星やカシオペア座も見え方が異なってくるように習ったはずだが、残念ながらその知識について私の脳細胞は、冴え渡ってはいない。
ただ、オリオン座だけは、冬にしっかりと視界に入っていた。仕事を終えてから週に一度お茶とお花の稽古に通っており、先生のお宅を行き帰りする南東の空に、どーんとでっかくオリオン座があった。辺り一面田畑が広がり、高い建物がない道に突っ立って、二十歳を過ぎたばかりの私は、寒さを忘れてしばし冬のスペシャリストを見上げていた。
「オリオン座といえば、昔、お茶とお花を習いに行ってたときに……」
何度も語ったこの話を、一応今回もまた私は引っ張り出す。優しい息子はこくんこくんと軽くうなずいてはくれるものの、実際は上の空。星調べの真っ最中でしかない。
まあ、いいか。私がぴんと引き締まる空気に包まれてオリオン座に見とれていた日々も、青春。そして、今こうして息子が冬の大三角を仰ぎ見るのもまた、かけがえのない青い若さなのだろう。
そんなこんなを思いながら夜の空間に身を預けているうちに星が少し動き、プロキオンがマンションから離れて、三角形がいよいよ浮かび上がった。私の体もふわっと舞い上がったようで、ああ、吸い込まれそう。
と、そのとき、
「なんしょん! 寒いがな。窓開けっぱなし、風呂の湯出しっぱなしやが……。止めたで」
背後から、長男の呆れた声。にわかに私の夜間飛行は終わった。