これはゆきちゃんの言葉だ。六年前に亡くなった彼女の言葉を、最近よく思い出す。
近所に住んでいたゆきちゃんは私より十六歳年上の五十八歳だった。
「幸せな子と書いて幸子だから、ゆきちゃん、て呼んでえな」とお茶目に言われた。花が大好きで、ピンクの花手毬の苗をくれたことがきっかけで仲良くなった。リウマチを患う彼女は、あちこちの関節が変形して、毎日痛み止めの薬を飲んでいた。庭仕事はリハビリになるし癒されるからと、不自由な手で庭を花でいっぱいにしていた。春と秋には二人で花屋に行き、苗を箱いっぱい買って帰った。
「テレビでサンスベリアいう観葉植物は部屋の空気をきれいにするゆうてたで。一緒に買おうや」と、彼女に言われて購入した。
「痛い痛い言うても、他の人にはわからんし、聞いた方も暗くなるやろ。せやから黙って痛み止めの薬飲むんや。痛くても毎日杖ついて歩かんと、歩けんようになる」と、一人でもコンサートやお芝居を見に行っていた。徐々にリウマチは悪化し、骨折で入院した後、ガンが見つかり、六十四歳で逝ってしまった。
彼女が生きていたころは、私は元気でずっと看護師の仕事をしていた。しかし、去年から激しい腰と足の痛みで、定年よりはるか前に仕事を辞めざるをえなかった。彼女の言葉を思い出すのは、痛みを抱えて生きてきた気持ちがわかるようになったからだろう。私も痛み止めを飲んで歩いていたが、家にこもりがちになった。
そんな時、出窓に置いてあるサンスベリアの葉の根元に、小さなアスパラガスのような花芽を見つけた。数日で細長い茎が伸び、茎の両側にいくつものつぼみがついた。
ある夜のこと、甘い香りが漂ってきた。サンスベリアの白くて細い花びらが開きかけている。やがて香りはどんどん強くなり、部屋中が高級なせっけんのような香りに包まれた。繊細なランのような花は思いっきり反り返るように咲いていた。だが花は翌日にはしぼんでいた。サンスベリアは熱帯の植物で日本で花を咲かせることは難しいらしい。どうすれば花が咲くのかは不明で、気まぐれに咲くのを待つしかないそうだ。出窓のカーテンを閉めきっていたので温度が上がり、花が咲いたのだろうか。ゆきちゃんが私を励ますために花を見せてくれたのかもしれない。
植物は環境しだいで気まぐれに花を咲かすこともある。私も環境がかわれば、また違った花を咲かせられるのかもしれない。サンスベリアの花言葉は「永久、不滅」だ。思いがけず持てたこの穏やかな時間を大切に使おうと思った。今までは忙しくてできなかった趣味を始めてみよう。永久に、不滅な強い心を持つようにしていれば、いつかまた働ける日がくるかも知れない。その時には、看護師としてきっとこの体験がいかせることだろう。