実家の庭の隅に雨水を溜めている土色の古い瓶(かめ)があった。スイレンの鉢にしたいと父に話すと、きれいに洗って持ち帰らせてくれた。
これで準備万端。早速スイレンの苗を一鉢買って来て、説明書通りに植えてみた。水面に葉が浮くように高さを調節するのに苦心した。年季の入った瓶は、思ったとおりスイレンの葉の緑と調和してなかなか渋い。
ここにメダカを泳がせてはどうだろう。瓶の中をながめながら考えていると、もうメダカなしではありえないように思えてきた。
そして次の日、もう一度ホームセンターに出かけた。メダカは一匹十五円。しかし待てよ。家の近くの川に行けばメダカが無数に泳いでいる。あれならすくい放題だ。メダカ網は四百円もするけれど、もし死んでも何度でも捕れる。散々悩んだ挙句に結局網を買った。
帰宅後、小さなバケツと新品の網を持って川へ向かった。子どもたちが幼い頃、毎日のように遊びに来た小川だ。水面は低い。膝をついて、バケツに三分目ほど川の水をすくって入れる。そして、狙いをつけた水草の陰にそっと網を滑り込ませていく。
川のすぐそばにある家のおばあさんは、九十歳をとっくに過ぎているはずだがまだまだ元気だ。昔、私が毎日子どもたちと魚を捕っていたとき、「子どもさんも好きなんじゃろうけど、お母さんも好きじゃなあ」とよく笑われた。私が子ども以上に夢中になっていたことを見抜かれていたに違いない。
あれから二十年。さすがに五十過ぎたおばさんが一人でメダカを捕るというのは少々恥ずかしい。網を買うかどうか悩んだのもそのせいだ。人目につかないうちにササッとすくって帰らなければならない。特にあのおばあさんだけには見つかりたくない。
そこは昔取った杵柄。ぐぐっと網を揺らしながら素早くすくい上げる。失敗はない。数匹のメダカが網の底でピチピチと銀色の腹を光らせている。
そうして手に入れた十匹ほどのメダカを瓶に放して、私は悦に入り、夫に自慢した。
しかし結局、スイレンは一輪も咲かずに腐ってしまった。水は濁り、いつしかメダカの姿も見えなくなった。冬になると瓶の水も凍りついて、メダカは死んだと思っていた。
ところが、春が来て、放置したままの瓶の中を掃除しておこうと水を流してみると、なんと、底の方から三匹のメダカが奇跡の生還を果たしたのだ。
私は再びスイレンの株を買ってきて植えた。
三匹の仲間を増やしてやるために、今年の夏は二歳になる孫をつれて、堂々とメダカをすくいに行こうと考えている。
スイレンの咲き誇る瓶の中で、メダカが元気に泳ぎまわる光景が目に浮かんだ。