しかし帰って来たときのただいまは蚊の鳴くような声だった。
どうしたのか聞くと、どうやら着替えの時、両方のおしりの中央にあるえくぼのようなくぼみを友達に笑われたらしい。
親子の遺伝子は変なところまで類似を作る。
何を隠そう、私のおしりにもそのえくぼがある。
私自身はそのえくぼを気にしたこともなかったのだが、娘は今にも泣き出しそうな様子だった。
「おしりにえくぼがあるなんて笑っているみたいでかわいいじゃない。」「ママとおそろいよ」などなだめすかしてようやく少しごまかしたが、「他は全部ママと同じがいい。だけどおしりだけはいや!」と強情だ。その話は娘は納得しないままだったが、少したつと、私のほうはすっかり忘れてしまった。
そのまま夏休みに入り、祖父母のいる実家に泊まりに行った。あの厳格な父親が孫の顔を見ると顔中をしわくちゃにして喜ぶ。娘は「おじいちゃんとお風呂に入る」、と肌かんぼうで風呂場へ駆け出した。しばらくすると、風呂場から二人の大きな笑い声が聞こえてきた。
のぞいてみると、二人は泡だらけで互いのおしりを見比べている。
「ママ、おじいちゃんにもあった、あった!」
なんと、生まれて初めて見た父親のおしりにえくぼが二つ行儀よくならんでいるではないか。娘は「おじいちゃんとママとわたしが繋がってる証拠なんだね。」なんて嬉しそうに父の尻のえくぼを触っていた。娘の発見で三人で大笑いするとともに、私は確かにこの年老いた父の娘だったんだと、なんだか少しほろりとしてしまった。