でも、絶対に無理。何故なら、うちには猛獣が2頭いるからだ。しっかりしつけをしないといけないからだ。それはそれは、重要な使命である。大きな義務であり、重大な責任があるのだ。その猛獣の種族は、息子という。そんなわけで、私は毎日いきり立ちながら、大声で罵声を浴びせながら、ビシッ、バシッと猛獣たちに鞭を振り回しているのである。なんとも恐ろしい形相だと、自分でも思う。けれど、猛獣たちは、ちっとも言うことを聞かないし、罵詈雑言を浴びせられても、どこ吹く風で、三六五日、二十四時間、まった~りと悠久の大地で寝そべっているのである。気分はモンゴルの大草原である。
もうお手上げ。私は精も根も尽き果てた。作っても作っても決して余ることのないおかず、炊いても炊いても残ることのないお米たち、洗っても洗っても底から湧いてくるような洗濯物の山、片付けても片付けても空き巣が入ったかのような部屋、ドタバタドタバタと1日中ノイズがなくならない日々。もうダメだ。野生のカバとゴリラを調教しようとした私が、バカだった。人間って愚かな生き物だとつくづく思う。
力尽きた私は、ある日曜日の朝、目を覚ますことができず、十時過ぎまで寝てしまった。
慌てて部屋から飛び出すと、なんと、猛獣たちが目玉焼きを焼き、温かい紅茶を入れ、パンを焼いていた。「お母さん、この紅茶好きでしょ?」なんと、私の大好きなアールグレーをヤカンいっぱい入れてくれていた。
いつの間にか、猛獣たちは「やさしいヒト」になっていた。気がつかないうちに、しっかりとした、やさしいヒトに進化していたのだ。私もモンゴルの大草原で昼寝をしよう、ヤカンいっぱいの紅茶を飲みながら、思った。