家事は実家でなんとなく手伝っていたから問題はないだろう。大好きなお風呂には何時間も入っていられるし、帰る時間が遅くても怒られない。今晩はご飯がいるとかいらないとか今日は何時に帰るというメールを送る必要もない。1人暮らしを始めるにあたり自由を得た気持ちでいっぱいだった。
いよいよ出発の夜、買い揃えるものがたくさんあるため母と一緒に東京へ。母は3日間、私のアパートにいることになった。
初日は大家さんに挨拶をし、近くのデパートへ行きベッドや自転車を購入。通うことになる大学へも一緒に下見に行った。
2日目は電化製品屋へ。私は洗濯機売り場でどれにしようか眺めていた。ふと目をやると母は、恋人同士であろう若い男女に話しかけている。「洗濯槽は穴が開いていないものがいいんだよ。穴が開いているとカビが生えちゃうからね」。彼らは母にお礼を言い、穴が開いていない洗濯槽を探し始めた。
母は世話焼きというかおせっかいというか、困っている人を見ると助けずにはいられない。そんな母を見て、やれやれと思いつつ、ほほがゆるんだ。
最終日はホームセンターやスーパーへ行き家具や食料の調達。母はさばのみそ煮やきんぴらごぼうをたくさん作ってくれた。そして帰りの新幹線の時間ぎりぎりまで家具の組み立てを手伝ってくれた。
そんなドタバタした状況で母が帰った。だれもいない家は静かで落ち着かない。実家に1人でいたときは悠々としていたのに、なんだか気分が浮かない。さっきまでここにいた母は明日からはもういないと思うと、急に寂しくなり涙が込み上げてきた。私は泣きながら冷めたきんぴらごぼうを食べた。いつもの味にほっとした。
いつも恥ずかしくて手紙やメールでしか伝えていない言葉をいつか口にしたい。「お母さん、ありがとう、大好き」