「夕飯は何がいい? いつものでいい?」
何日も前に届くお決まりのメール。私の帰省を待ちわびた母が、少々フライング気味で聞いてくるいつもの質問。一週間後のことなんて分からないよ。そう思いながらわたしはいつもの返事を返す。「うん。楽しみにしてるね」
実家に帰るのは決まって週末。習い事を始める前は、金曜の会社帰りそのまま電車に乗り、片道2時間半をかけて静岡の実家に帰っていた。
夜の小田急線、一人きりの帰路は、ずっとひとりぼっちで私を待っている母への思いでなんだかいつも泣きそうになる。
地元の友達に帰省を知らせるとじゃあ飲もうと誘われることもある。そんなときは、いつも少しだけ遅い時間に約束を取り付ける。到着が遅くて、なんて嘘をついてまで。母の夕飯を食べるために。
懐かしの我が家の扉を開けると、母がちょっと嬉しそうに、恥ずかしそうな顔で私を迎えてくれる。私も多分、同じような顔をしている。
台所へ立つ母の小さな後ろ姿を眺めながら、冷蔵庫に寄りかかって色々な話をする。母は適当に相づちをうちながら人参や玉ねぎまみれのお肉を取り出し「ちゃんと下ごしらえしてあるからおいしいよ」なんて言う。私はこのとき、なによりも子供に戻っていて、そんな自分がちょっとむず痒くなる。
バターとニンニクのいい香り。出来上がったのはいつものステーキ。「家でステーキっておかしいよね」って言うけれど「だってたぁちゃん好きだったでしょ?」って当たり前のように返される。だから何も言えなくなる。ステーキは特別な日だけ、昔はそう言ってたくせに。
お母さん、また絶対一緒に住もうね。だからそれまで元気に待っててね。
素直に言えない気持ちと一緒に、今夜も「いただきます!」ととびきりの夕食をいただく。料理上手じゃない母の、愛多めのちょいこげステーキセット。私の一番の大好物だ。