姉や妹からは、最近母が少しおかしいと聞いていたが、遠く離れた私はあまり気にもとめていなかった。
九十九里の名産であるごま漬けは、小指程度の小さな背黒イワシを丸ごと・・・といっても頭と腹ワタをひとさし指でキュッと取って塩水に一晩、酢水に一晩つけ、一段ずつ、きれいに並べ、ゆず、はりしょうが、ごま、とうがらしの輪切と順番に振り、一段、又一段と、気の遠くなるような作業を繰り返し、又しばらく置くと子どもも年寄りも骨ごと食べれるイワシのごまづけの完成だ。
母の味はどんな有名な土産もの屋よりもおいしく、母自身もそれをわかっていた。
だから私が実家へ帰るからというと必ず手土産にと作ってくれておいた。
いつからか少し味がかわってきて、ん?何かが違うという感じが、現実のものとなったのだ。
50年やってきた当たり前が、母の記憶から消えた。
たばこの自動販売機に古い500円札を入れて入らないと泣きだしそうになったり、お札に火をつけてもやしてしまったり、一体何があなたの中におきているの?
父が亡くなって七年、独りで淋しかったんだね。ごめんね。
今はまだ、あなたの中にいますか?
私達の笑顔は・・・あなたに届いていますか
私達の想いは・・・。
忘れんぼうになったあなたは「ありがと」「ありがと」とそればかり。もういいよ。あなたのシワシワになった笑顔の中にいつまでもいられますように。ありがとうは、こっちだよ。