その日は、いつになく私の足元から離れようとしなかった。下を向いて何かごそごそやっている様子。何度注意しても聞かない息子の態度に腹を立てた私は、つい息子の顔の前でさっと右手をあげた。
覚悟ができていたのか、息子は両目をギュッと閉じて固まっている。
「いい加減にしろ!」口で叱りながら何気なく息子の手元を見ると何やらしっかりと握りしめている。薄眼を開けながら息子は、「お父さんとお母さんにプレゼント!
と手を伸ばす。束ねられた花が2つ、それぞれがラッピング用のセロファンでまかれ、バランスは悪いがきっちり、リボンまで結んである。贈呈用花束の完成形だ。
聞くと、母の日も近かったので、お母さんに自作の花束を渡したかったらしい。
花の扱い方を教えたことなどないのだが・・。よく見ると、結ばれたリボンの先は、うまい具合にくるくるとカールしている。いわゆるカーリングリボンの扱い方を知っていることになる。こんな短時間のうちに、親父のどなり声にもひるまず、よくそこまで作れたものだ。幼児ならではの感性と集中力、そしていつの間に覚えたのか、その観察力に驚いていると、さっきまでの怒りは自然に消え、顔を張るつもりであげた右手はいつの間にか力も抜けて、いがぐりのような坊主頭の上に軽く置かれていた。
一つでなく二つの花束を作った息子の優しい気持ちがうれしかった。
その日の晩、もう一つの花束はリボンが外されぬまま自宅のキッチンで飾られていた。