穴ぐらで三十年、河川敷で六年、というのが私の過去の暮らしである。
「そんなところで何してはりましたんや?」
「はい。売れない物書きでござりました」
「まるでモグラやな。ほんであんたはんはいつも目えショボショボなんやなあ」
「はい。それ以来、わてはお月はんが好きになりました」
神戸市営地下鉄の中には名谷駅止まりというのがかなりある。
私は学園都市に住んでいるので、名谷駅で八分間電車待ちのお月見をする。
プラットホームにはイノコヅチの仲間もちらほらいて、さびしいことはない。
「イノコヅチて何でんねんな?」
「はい。地下鉄さんが振り落とした乗客どす」
「うーん、あんたうまいこと言うなあ」
さて、「名月や……」を一句ものしようと私はさっきからお月さんばかり見ている。こんなときは一本欲しくてたまらない。
「何が?」
「はい。たばこどす」
「どうぞ、どうぞ。夜のこっちゃし、気がねのう喫いなはれ」
おじさんはてっきりそう言ってくれるものだと思っていたのに返事がない。
私は欲望に負けてカチッとライターを鳴らした。
ふーっ、ああ美味《おい》しい。
「名月や……」
そのとき、ベンチを大きくゆさぶっておじさんが立ちあがったので私はびっくりした。
「たばこ喫うのやったら風下へ行きなはれッ」
私は風向きをよく見て席を移した。
おじさんは風上のベンチからこちらをにらんでいる。
「あんたはん」
「はい」
「よう聞きなはれや。たばこ一本喫うたんびに五分間寿命をちぢめとんのやで」
「はい」
ふーっ、ああ美味しい。
「百害あって一利なし」
「はい」
「肺癌死亡率十七倍!」
「はい」
(名月やたばこぎらいのタコあたま……ダーメ)
「美貌台なし品くだる」
「はい」
さてと、そろそろ電車が来る。
お月さんまたあした。
「おじさんご忠告ありがとさん。長生きしてね」
おじさんは苦虫かみつぶしたような顔で、ペッペとプラットホームへ唾《つば》を吐いた。品くだりますなあお互いに。