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葉文潔イエ·ウェンジエ_三体_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:葉文潔イエウェンジエ スーツを脱ぐと、下着まで汗びっしょりになっていた。最大出力で冷却していた全身スーツを着ていてもこん
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葉文潔イエ·ウェンジエ
 スーツを脱ぐと、下着まで汗びっしょりになっていた。最大出力で冷却していた全身スーツを着ていてもこんなに汗をかくとは。おぞましい悪夢から目覚めたような気分だった。汪淼ワン?ミャオは、ナノテクノロジー研究センターをあとにすると、丁儀ディン?
イーに教えてもらった、楊冬ヤン?ドンの母親の住所へと車を走らせた。
 乱紀、乱紀、乱紀……。
 この概念が汪淼の頭にこびりついて離れない。三体世界の太陽の運行には、なぜ法則性がないのだろう。主星をめぐる惑星の軌道は、真円に近くても、離心率の大きい楕円でも、かならず周期性がある。惑星の運行にまったく法則性がないことなどありえない……。
 汪淼は自分に腹をたて、頭を振って、こうした思考を追い出そうとした。ただのゲームじゃないか
 だが、そのゲームにおれは負けた。
 乱紀、乱紀、乱紀……。
 莫迦 考えるな なぜ考えてしまう なぜだ
 汪淼はすぐに答えを見つけ出した。自分はもう何年も、電子ゲームをプレイしていなかった。この数年で、電子ゲームの技術は、ソフトウェア、ハードウェアともに、長足の進歩を遂げている。ああいう仮想現実感や感覚フィードバックは、汪淼が学生時代に遊んでいたゲームには存在しなかったから、これまでただの一度も経験したことがなかった。
だが汪淼は、『三体』の生々しい現実感が、インターフェイス技術の進歩によるものではないことに気づいていた。
 大学三年生のとき、情報理論の授業で、教授が二枚の大きな絵を見せた。一枚は精密に描かれた北宋時代の有名な「清明上河図」。もう一枚は広々とした空の写真だった。空の写真は、なにもない抜けるような青空に、あるかないかわからないほどの薄い雲がひとすじだけたなびいている。教授はこの二枚の絵に含まれる情報量はどちらが多いかとたずねた。正解は後者で、前者の十倍か二十倍の情報量があるのだという。
『三体』もこれと同じで、その巨大な情報量は奥深くに隠されている。汪淼はそれを感じることができたが、ここと指し示すことはできなかった。汪淼は、『三体』のデザイナーたちが、他のゲームのデザイナーとは正反対のアプローチをとっていることに思い当たった。ゲーム?デザイナーはふつう、できるだけ多くの情報量を表示することで、ゲーム中の現実感を強化しようとする。だが、『三体』のデザイナーは、情報量をできるだけ圧縮することで、もっと複雑な現実を単純なものに見せかけている。一見なにもないように見える、あの青空の写真と同じだ。
 汪淼は『三体』の世界へとふたたび心をさまよわせた。
 飛星だ 謎を解く鍵は、きっと飛星にある。ひとつの飛星、ふたつの飛星、三つの飛星……いったいなにを意味している
 考えているうちに、気がつくと車は、目的地に到着していた。
 めざす建物の入口で、汪淼は六十代ぐらいの白髪で痩せた女性を見かけた。眼鏡をかけ、大きな買いものかごを持って階段を昇るところだった。たぶん目当ての人物じゃないかと思って声をかけてみたら、まさしく楊冬の母親の葉文潔その人だった。ここに来た理由を話すと、文潔はたいそう喜んでくれた。文潔は、汪淼にとってなじみのある、古いタイプの知識人だった。長い歳月のあいだに、彼女の性格はすっかり角がとれてまるくなり、流れる水のような自由さだけが残っていた。
 汪淼は買いものかごを持って、葉文潔といっしょに階段を上がった。部屋に着いて、中に入ると、そこは想像していたような静かな場所ではなかった。中で、三人の子どもたちが遊んでいたのである。いちばん大きな子でも五歳くらい。小さな子はまだよちよち歩きだった。みんな近所の子だと、文潔が言った。
「この子たちはうちで遊ぶのが好きなの。きょうは日曜日だけど、この子たちの親は休日出勤だから、うちで預かってるのよ……あら、楠椤∈ンちゃん、絵はそれでおしまい うん、すごくいいわね。題をつけようか 『太陽の下のアヒルの子』がいいわね。おばあちゃんがタイトルを書いてあげる。それから、『六月十二日、楠楠』と書いて……お昼はみんな、なにを食べたい 洋洋ヤンちゃんはナス炒め よしよし。楠楠は きのう食べたサヤエンドウでいい わかった。咪咪ミちゃん、あなたは お肉 それはダメ。ママがお肉はあんまりあげちゃダメって言ってた。消化によくないからって。じゃあ、お魚にする こんなに大きなお魚を買ってきたのよ……」
 文潔と子どもたちの会話を聞きながら、汪淼は心の中で思った。文潔が孫を欲しがっているのはたしかだが、もし楊冬が生きていたら、子どもを欲しがっただろうか 文潔は買いものかごをキッチンに持っていってから、こちらにやってきた。「これから野菜を水にさらさなきゃいけないの。近ごろは残留農薬が多くて、子どもたちに食べさせるには、二時間は浸けておかないと……汪さんは楊冬の部屋にでも行って待ってて」 文潔がごく自然につけ加えた最後のひとことで、汪淼は不安になった。文潔は明らかに、汪淼の訪問のほんとうの理由に気づいている。
 文潔は、汪淼のほうを見ることなく、またキッチンに戻った。気まずい表情を見られずに済んでほっとすると同時に、文潔のさりげない気遣いに感謝した。
 汪淼はうしろで遊んでいる子どもたちの横を通って、文潔がさっき指さしたドアへ向かった。ドアの前で立ち止まると、急に妙な感覚に襲われた。夢見がちな少年時代に戻ったような気分。記憶の底から、くすぐったいようなさびしさ、薔薇の色合いを帯びた朝露のように壊れやすくピュアな感情が湧き上がってきた。
 汪淼がそっとドアを押し開けると、思いがけない香りに迎えられた。森のにおい。まるで森番の小屋にでも入ったかのようだ。壁は茶褐色の樹皮で覆われている。木の切り株でつくった飾りけのないスツールが三つ。デスクも大きめの切り株を三つ組み合わせてつくられている。さらに、床には中国東北地方原産のヌマクロボスゲとわかる多年草を編んだ敷物が敷かれている。ただ、どれもこれも、仕上げが粗く、優美さに欠けていて、無造作に放置されたままという印象だった。美的感覚を表そうという意図は見えない。楊冬の地位なら、収入はかなりのものだったはずだ。都心の一等地に家を買えたのに、彼女は母親とずっとこのアパートメントで暮らしていた。
 汪淼は、質素なつくりの木のデスクの前に立った。デスクの上には、仕事関係のものも、女性的なものも見当たらない──ひょっとしたらすべて処分されたのかもしれないし、もともとそんなものはここになかったのかもしれない。汪淼の注意を引いたのは、木製のフレームにはめこまれた一枚のモノクロ写真だった。文潔と楊冬の母娘の写真で、写真の中の楊冬はまだ幼く、しゃがんだ母親とちょうど同じぐらいの背丈だった。風が強く、ふたりとも髪が乱れている。
 写真の背景は、ずいぶん風変わりだった。空が網状になっている。汪淼は、その網を支えている太い鋼鉄の構造をまじまじと見て、パラボラアンテナか、それに類するものではないかと想像した。その構造物はあまりに大きく、縁がカメラの画角に入っていない。
 写真に写る幼い楊冬の大きな瞳には怯えた表情が浮かび、汪淼の胸が痛んだ。まるで、写真の外の世界を怖がっているように見える。
 次に気になったのは、デスクの片隅に置かれていたぶあついノートだった。面食らったのは、ノートの材質だ。表紙につたない字で〝楊冬のカバの皮のノート?と書かれてあり、それでこのノートが白樺の樹皮でできているとわかった。もともと銀白色だったはずの白樺の樹皮は、年を経て、くすんだ黄色に変色している。汪淼はそのノートを手にとったが、逡巡したすえ、またもとに戻した。
「どうぞ見てやってちょうだい。あの子が小さい頃に描いたものよ」文潔がドアのところで言った。
 汪淼は白樺の樹皮のノートを手にして、そっとページをめくった。どの絵にも、日付が記されている。さっき、リビングルームで楠楠の絵に書いていたように、母親が娘のために書き込んだものだろう。
 もうひとつ、汪淼は妙なことに気づいた。絵の日付からすると、この頃の楊冬は三歳を過ぎている。その年齢になれば、人やもののかたちが描けるはずだが、楊冬の絵はでたらめに引いた線ばかりだった。それは、なにかを表現したいという満たされない欲求から生まれた怒りと絶望の現れのように見えた。そんな幼い子どもの中にあるとは思わない感情だ。
 文潔はベッドの端にゆっくり腰を下ろし、汪淼の手にある白樺の樹皮のノートをうつろな目で見ていた。彼女の娘はまさにここで、安らかに眠りながらみずから命を絶った。汪淼は文潔のそばに座って、他人と苦しみを分かち合いたいという、これまでにない強烈な願望を抱いていた。
 文潔は汪淼の手からそのノートをとって胸に抱き、小声で言った。「あの子の育てかたをまちがえたのかもしれない。年齢にふさわしいことを教えてやれなかった。抽象的で根源的なものに触れさせるのが早すぎたのね。あの子がはじめて理論に興味を示したとき、この世界は女性が入りづらいところだとわたしは言った。そうしたら、『キュリー夫人は』って言うから、キュリー夫人はそもそもその世界には受け入れてもらえなかったと答えた。キュリー夫人の成功は、執着とたゆまぬ努力のおかげだった。彼女がいなくても、その仕事はだれかが成し遂げていたでしょう。呉健雄ウー?ジエンシァ◇ 〝中国のキュリー夫人?とも呼ばれる中国系アメリカ人物理学者 のほうがキュリー夫人よりずっと先に進んでいた。でも、ほんとうに女の世界ではないの。女性の考えかたは男性とは違う。レベルが高いとか低いとかっていう問題じゃなくて、世界にとっては、どちらの考えかたも必要不可欠なのよ。
 あの子は反論しなかった。でも、あとになって気がついた。あの子はほんとうに違っていたのよ。たとえば、公式をひとつ見せて説明すると、ふつうの子だったら、『この公式はすごく便利』とか言うところだけど、あの子は、『この公式はすごくエレガントで、すごく美しい』って言うの。うっとりしたその顔は、野に咲く美しい花のようだった。
 あの子の父親はレコードをたくさん残してくれたけど、あの子はそれをぜんぶ聴いたあとで、最後にバッハをお気に入りに選んで、何度も何度もくりかえし聴いていた。子どもをとりこにするような音楽じゃなかった。最初は気まぐれで選んだのかと思っていたけど、感想を訊いてみると、音楽の中に、ものすごく巨大な、複雑な構造の家が見えるって言ったの。巨人がすこしずつそれに手を加えて、曲が終わると、家が完成しているんだ、って」
「お嬢さんに、すばらしい教育を施されたんですね」汪淼は感慨深く言った。
「いいえ、失敗だったわ。あの子の世界は単純すぎた。あの子が持っていたのは、空気のような理論だけ。それが崩壊したとたん、生きていくための支えがなにもなくなってしまった」
「葉先生、それには同意できません。いま、わたしたちの想像を超えた事象が起きているんです。人間が世界を理解するための理論が、前例のない災厄に見舞われている。同じ運命に転がり落ちた科学者は、彼女ひとりではありません」「でも、あの子は女だった。女は、流れる水のように、どんな障害にぶつかっても、融通無む碍げにその上を乗り越え、まわりを迂回して流れていくべきなのに」 汪淼はいとまごいしようとして、来訪のもうひとつの目的を思い出し、宇宙背景放射の観測施設のことを文潔にたずねてみた。
「ああ、それね。中国国内には二カ所ある。ひとつはウルムチ観測基地よ。たしか、中国科学院空間環境観測センターのプロジェクトだった。もうひとつはこの近くね。北京近郊の電波天文観測基地で、中国科学院と北京大学の連合天体物理センターが共同で運営してる。ウルムチのほうは実際に地上観測も行っているけれど、北京のほうは衛星データの受信だけ。ただ、データはこちらのほうがより正確だし、総合的よ。わたしの教え子がいるから、連絡してあげる」文潔はそう言うなり、番号を探して電話をかけた。話はスムーズに運んでいるような口ぶりだった。
「問題ないって」電話を切ってから、文潔は言った。「住所を教えるから、直接行けばだいじょうぶ。教え子の名前は沙瑞山シャー?ルイシャン。あしたはちょうど夜勤だって。
……あなた、専門ではないようだけど」と汪淼にたずねた。
「わたしはナノテクが専門です。これはその……ちょっと別件で」さらに質問されるのではないかと思ったが、文潔はなにも訊かなかった。
「汪さん、顔色が悪いわよ。体調はどうなの」と心配そうに言った。
「だいじょうぶです。どうかご心配なく」
「ちょっと待って」文潔はクローゼットの中から小さな木箱をとりだした。高麗人参のマークがついているのが見えた。「基地にいたころの古い友人が二、三日前に訪ねてきてね。軍にいた人なんだけど、彼がこれを持ってきてくれたの。いいえ、いいのよ。これはあなたが持ってて。天然ものじゃないから、遠慮しないで。そんな高級品じゃないの。わたしは高血圧だから、どのみち飲めないし。薄く切って、お茶に浸して飲むといいわ。その顔色、血が足りていないようだから。若い人は、自分を大切にしないとね」 汪淼の胸に熱いものがこみ上げ、目が潤んだ。この二日間のストレスで破裂しそうになっていた心臓が、柔らかなビロードの上にそっと置かれたようだった。
「葉教授、かならずまたうかがいますから」と言って、汪淼は木箱を受けとった。
原注 呉健雄
 現代のもっとも傑出した物理学者のひとりで、実験物理学の分野で多くの業績を残している。弱い相互作用におけるパリティの非保存を初めて実験的に確認し、理論物理学者の李政道と楊振寧の研究が正しいことを示したこともそのひとつ。
 
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