17 三体 ニュートン、ジョン·フォン·ノイマン、始皇帝、三恒星直列
『三体』レベルの始まりのシーンは、これまでとほとんど大差なかった。やはりあの異様な寒い夜明けの光景に、例の巨大ピラミッドがそびえている。ただし、今回のピラミッドの形状は、またエジプト風に戻っていた。
『三体』レベルの始まりのシーンは、これまでとほとんど大差なかった。やはりあの異様な寒い夜明けの光景に、例の巨大ピラミッドがそびえている。ただし、今回のピラミッドの形状は、またエジプト風に戻っていた。
しばらく前から、金属と金属のぶつかる音が聞こえていた。その音が、寒々とした夜明けの静けさをより際立たせている。音のありかをたどって遠くを見やると、ピラミッドのふもとで、ふたつの人影が動いているのが見えた。かすかな朝の光の中で、金属の冷たい光が黒い影のあいだできらめいている。それは、闘うふたりの剣だった。汪淼の目が薄暗さに慣れてくるにつれて、ふたりの姿がぼんやりとわかってきた。ピラミッドのかたちは東洋的だが、そのふたりはヨーロッパ人で、格好も十六、七世紀頃の欧州のものだった。
背が低いほうが頭を低くして、振り下ろされた剣をかわした拍子に、銀色のカツラがとれて、地面に落ちた。さらに何度か、剣先を突き出したり、受け流したりがくりかえされたあと、ピラミッドの角の向こうから三人目の人物が走ってきて、決闘を止めようとした。
だが、風を切ってうなる双方の剣を前に、あいだに割って入ることもできず、ただ大声で怒鳴った。
「やめろ この愚か者めが おまえたちにはひとかけらの責任感さえないのか この世界の文明に未来がないのなら、おまえたちの名誉などなんになる」 ふたりの剣客はどちらもそれにかまわず、真剣に闘いつづけている。背の高いほうがとつぜん叫び声をあげたかと思うと、剣を地面にとり落とし、反対の手で腕を押さえて逃げ出した。相手の背の低い男はしばらくそのあとを追いかけたが、途中であきらめ、逃げていく男の背中に罵声を浴びせた。
「莫迦め、恥知らず」そして、腰をかがめてカツラを拾うと、顔を上げて汪淼を見た。剣先で逃亡者のほうを指しながら言った。「あいつはなんと、自分が微積分法を見つけ出したと言ったんだぞ」そして、カツラをかぶりなおし、片手を胸の前にあてると、ヨーロッパ式の挨拶をした。「アイザック?ニュートンだ」「ならば、いま逃げていったあの人はライプニッツですか」汪淼がたずねた。
「そうだ。恥知らずなやつめ だがわたしは、やつと名誉を争うほど愚かではない。運動の三法則の発見は、わたしを神の次に偉大な人間にした。星々の運行から細胞の分裂に至るまで、この偉大な三法則に従わないものはない。いま、微積分法という強力な数学の援軍が加わったおかげで、運動の三法則をもとに、三つの太陽の運行規則を把握することは、もはや時間の問題となっている」
「そんなに簡単じゃないぞ」争いを止めに来た男が言った。「計算量を考えたことはあるのか あなたの微分方程式は前に見せてもらったが、あれでは解を求めることなど不可能だ。せいぜい数値解析ができるぐらいだろう。必要とされる計算量の膨大さからして、世界中の数学者たちが休まず働いたとしても、この世の終わりの日までに計算が終わることはない。もちろん、太陽運行の法則がもっと早く解明できないとなると、この世の終わりの日もそう遠くないかもしれないが」そう言いながら、男は汪淼に挨拶した。そのしぐさは、さらに現代的になっている。「ジョン?フォン?ノイマンです」「そもそもその方程式を計算で解くためだけに、きみはこんな東洋くんだりまでわれわれを連れてきたんじゃないか」ニュートンはフォン?ノイマンにそう言ってから、汪淼のほうをふりかえった。「いっしょに来たのは、ほかにノーバート?ウィーナーと、さっきの根性の腐ったやつだ。マダガスカルで海賊に遭遇したとき、ウィーナーはわれわれを援護するためにみずからが銃弾を浴び、勇敢なる犠牲となった」「コンピュータをつくるのに、はるばる東洋まで来る必要があったんですか」汪淼は不思議に思い、フォン?ノイマンに質問した。
フォン?ノイマンとニュートンがたがいに顔を見合わせる。「コンピュータ 計算する機械のことか そんなものが実在するのか」
「コンピュータをご存じないのですね では、どうやってこんなに大量の計算をやりとげるつもりなのでしょう」
フォン?ノイマンが目を見開いて汪淼を見る。まるでその質問が理解できないようだ。
「どうやって もちろん、人間を使ってに決まっているだろうに この世界で、人間以外にだれが計算できると」
「ですが先ほど、全世界の数学者でも足りないとおっしゃいましたよね」「われわれは数学者を使うわけでなく、一般人、ふつうの労働力を使うのだ。ただ、かなりの大人数を必要とする。最低でも三千万人、これは、数学の人海戦術だ」「一般人 三千万」汪淼はショックを受けた。「もしわたしの理解にまちがいがなければ、いまは九割の人間が読み書きできない時代だ。なのにあなたがたは、いまから微積分がわかる者を三千万人も集めようというのですか」「四川軍のこんな笑い話を聞いたことがあるかね」フォン?ノイマンは太い葉巻をとりだすと、端を噛み切ってくわえ、先端に火を点けた。「兵隊たちが隊列を組む訓練をしていた。教養がほとんどないので、士官の一、二、一と号令をかける意味すらわからなかった。そこで士官はある方法を思いついた。すべての兵隊に、左足はわら靴、右足は布靴を履かせたんだ。そして隊列を組み、四川の方言でこう号令をかける。わら?布、わら?
布……われわれには、このくらいのレベルの兵隊でじゅうぶんさ。ただし、必要な人数は三千万人」
この近現代の笑い話を聞いて、汪淼は、目の前にいるこの人物を操っているのがシステムではなく、人間のプレイヤーだとわかった。それも、中国人に違いない。
「そんなに大勢の軍隊なんて想像もつきませんね」汪淼が首を振った。
「だからわれわれは、始皇帝を探しにここまで来たのさ」ニュートンがピラミッドを指す。
「ここはいまだに始皇帝が統治しているのですか」汪淼はまわりを見渡してたずねた。ピラミッドの入口を守っている兵士は、たしかに始皇帝の時代の簡単な鎧を装着し、長い戟げきを持っている。『三体』の時代考証のでたらめぶりをあまりにもたくさん見てきているので、汪淼はそう驚きもしなかった。
「始皇帝は全世界を統治したいと思っている。いま、その三千万の大軍で欧州を征服に行くところなんだ。われわれは、これから彼に会いにいくつもりさ」フォン?ノイマンはピラミッドの入口を、続いてニュートンを指して言った。「剣を捨てろ」 ニュートンはガチャンと剣を投げ捨てた。三人はピラミッドの入口から中に入って、廊下の先へと進んでいった。大広間に入るとき、衛兵のひとりが着衣をすべて脱ぐよう命令した。ニュートンは、自分たちは有名な学者で武器など持っていないと強く主張したものの、向こうも一歩も譲らない。そのとき、大広間から低い男の声が響いてきた。「運動の三法則を発見した欧州人か。入れてよろしい」
大広間に入ると、秦の始皇帝である嬴えい政せいが中を行ったり来たりしているのが見えた。長衣の裾と、あの有名な長剣を床に引きずっている。始皇帝が三人の学者をふりかえったとき、汪淼はその目が紂王やローマ教皇グレゴリウス一世の目と同じだとすぐに気づいた。
「そなたたちがなぜここに来たのか、朕は知っているぞ。そなたたちは欧州人だ。なぜカエサルに頼まない やつの帝国の版図は大きい、三千万くらいの軍隊は集められるだろうに」
「偉大なる皇帝陛下、陛下はカエサルの軍隊がどんなものかご存じでしょうか あの帝国がどんな状態にあるかご存じでしょうか 壮大なローマの城内を流れる河川はひどく汚染されています。なぜだと思いますか」
「軍事関連企業のせいか」
「いいえ、違います。偉大なる皇帝陛下、ローマ人が暴飲暴食の挙げ句に吐いた汚物によってです。彼ら貴族は、宴席ではテーブルの下に担架を用意しているのです。食べすぎて動けなくなると、担架で運ばせるために。帝国全体が酒色に溺れ、どうしようもない泥沼から抜け出せなくなっています。三千万の大軍を組織したとしても、彼らは偉大な計算を行う能力も体力も持ち合わせておりません」
「それは朕も知っておる」始皇帝が言う。「だが、カエサルは、いままさに目覚め、軍隊の立て直しにかかっている。欧州人の知恵もまた恐ろしいものだ。そなたたちはたしかに東洋人ほど頭がよくない。だが、正しい道すじを見出すことができる。たとえばコペルニクスは太陽が三つあることを見破り、そなたは運動の三法則を考え出した。どれも、目をみはる業績だ。いまのところ、東洋人には太刀打ちできない。それに、朕にはまだ、欧州に遠征する力はない。船は足りず、陸路では補給線を維持できない」「偉大なる皇帝陛下、ですからあなたさまの帝国はもっと発展しなければならないのです」フォン?ノイマンがすかさず言った。「もし太陽の運行規則を解明できたならば、皇帝陛下はすべての恒紀を完璧に過ごすことができ、乱紀における損失もすべて回避できるでしょう。そうすれば、発展の速度も、必然的に欧州以上のものとなりましょう。どうかわれわれを信じてください。われわれは学者です。われわれが関心を寄せているのは、運動の三法則と微積分法を用いて、太陽の運行を正確に予測することのみ。だれが世界を征服するかなど、どうでもよいのです」
「もちろん朕とて、太陽の運行を予測したい。だが、そなたたちが朕に三千万の大軍を招集せよというのなら、すくなくとも、どのように計算するかを示してもらわねばならん」「陛下、三名の兵士を貸していただけますか。どのようにするか、ここでお見せいたしましょう」フォン?ノイマンは興奮した口調で言った。
「三名 たった三人か 三千人くらいなら、たやすく用意できるぞ」始皇帝は疑わしい視線をフォン?ノイマンに投げた。
「偉大なる皇帝陛下、先ほど陛下は、東洋人は科学的思考に関して欠陥があるとおっしゃいましたが、そのように思われるのは、みなさまが、宇宙の複雑なものは、じつはごく単純な要素の組み合わせでできていることを理解されていないからなのです。陛下、たった三名でじゅうぶんです」
始皇帝は手を振って三名の兵士を呼び寄せた。三名とも若く、秦のその他の兵士と同じく、その一挙一動は指令に従うロボットを思わせた。
「きみたちの名前をわたしは知らない」フォン?ノイマンは前のふたりの肩を叩いた。
「きみたちふたりは信号を入力する役割を担う。名前は〈入力〉、〈入力〉としよう」そして最後のひとりを指さし、「きみは信号の出力を担当してくれ。きみのことは〈出力〉と呼ぼう」と言った。そして三名の兵士に手で位置を指示した。
「こんな具合に三角形をつくるように立ってくれ。〈出力〉が頂点で、〈入力〉と〈入力〉が底辺だ」
「楔形攻撃隊形をとれと命じるだけで済むだろうに」始皇帝は軽蔑したようにフォン?ノイマンを見た。
ニュートンはどこからか白と黒三本ずつの六本の小さな旗を持ってきて、フォン?ノイマンがそれを三名の兵士に手渡した。それぞれが白一本、黒一本の旗を持つ。「白はを意味し、黒はを意味する。よし、三人ともよく聞け。〈出力〉、きみはうしろを向いて〈入力〉と〈入力〉を見るんだ。もし彼らがどちらも黒旗を上げていたら、きみも黒旗を上げる。その他の状況なら白旗を上げる。白旗を上げる状況は三通りだ。〈入力〉が白で〈入力〉が黒の場合。〈入力〉が黒で〈入力〉が白の場合。〈入力〉と〈入力〉がどちらも白の場合」
「朕が思うに、色を換えるべきだな。白旗は投降を意味するからな」始皇帝が言った。
だが、興奮の極みにあるフォン?ノイマンは皇帝の言葉を無視したまま、三名の兵士に大声で命令した。「いまからはじめるぞ 〈入力〉と〈入力〉、きみたちはどちらでも好きな旗を上げてくれ。よし、上げろ よし、もう一回だ 上げろ」〈入力〉と〈入力〉の旗は三回上がった。一度目は黒黒、二度目は白黒、三度目は黒白だった。〈出力〉はそれに正しく反応し、それぞれ黒の旗を一回、白の旗を二回上げた。
「よろしい。正確にできているね。偉大なる皇帝陛下、陛下の兵士はとても賢明ですね」「こんなのは莫迦でもできるぞ。いったいなんの茶番だ」始皇帝が困惑したようにたずねる。
「この三名は、論理演算システムのひとつの回路を形成しているのです。論理門ゲートの一種で、論理積門ゲートです」フォン?ノイマンは言葉を切って、皇帝の理解を待った。
始皇帝は無表情だった。「朕は気がふさいで仕方がない。つづけよ」 フォン?ノイマンは三角陣を組んでいる三名の兵士に向き直る。「では、次の回路をつくろう。きみ、出力くん。〈入力〉と〈入力〉のうち、片方でも黒旗を上げていたら、きみは黒旗を上げてくれ。この組み合わせは、黒黒、白黒、黒白の三通りだ。残りのひとつ、つまり白白の場合、きみは白旗を上げろ。わかったか よし、きみはとても賢いね。
ゲート回路の正確な実行の要だ。うまくやってくれよ。皇帝陛下も褒美をくださるだろう よしやるぞ。上げろ よし、もう一度上げろ もう一度 うん、正しく実行されている。陛下、この回路を論理和門ゲートといいます」 次にフォン?ノイマンはまた三名の兵士を使って否定論理積門ゲート、否定論理和門ゲート、排他的論理和門ゲート、否定排他的論理和門ゲート、三状態論理門トライステート?ゲートをつくった。そして最後に、二名だけを使って、もっとも単純な論理否定門ゲートをつくった。この場合、〈出力〉は、〈入力〉が上げた旗と反対の旗を上げる。
フォン?ノイマンは皇帝に深々と頭を下げた。「陛下、いますべてのゲート回路の実演が終わりました。簡単なことだと思われませんか どのような兵士でも、三名で一時間ほどの訓練を行えば覚えられます」
「覚えることは、ほかにはなにもないんだな」
「ありません。このようなゲート回路を一千万組つくり、さらにこれらの回路を組み合わせることによって、ひとつのシステムを構築します。システムは必要な演算を行って、太陽運行を予測する微分方程式を計算するのです。このシステムをわれわれは、ええっと、なんだっけ……」
「コンピュータ」汪淼が言った。
「そうそう」フォン?ノイマンは汪淼に親指を立てて見せた。「コンピュータと呼んでいます。うん、この名前はいい響きだ。すべてのシステムが実際には膨大なひとつのコンピュータで、それは有史以来もっとも複雑な機械なのです」 ゲーム内時間が加速され、たちまち三カ月が過ぎ去った。
始皇帝、ニュートン、フォン?ノイマン、汪淼は、ピラミッドの頂上の平坦な台に立っている。そこは、汪淼が墨子と出会った当時のものとよく似ていた。天文観測機器がたくさん置いてあり、その一部は近代ヨーロッパの装置だった。眼下には三千万の秦の軍隊が、大地の上に大規模な方陣を展開している。方陣は一辺六キロメートルの正方形だ。昇りはじめた太陽の下で、方陣はかたまったようにびくとも動かない。まるで三千万の兵へい馬ば俑ようで編まれた巨大な絨毯のようだった。まちがってその巨大な絨毯の上空に侵入した飛ぶ鳥の群れは、すぐに重々しい殺気を感じとり、大きな乱れが生じた。汪淼は心の中で考えていた。もし全人類が集まってこのような方陣を形成したとしても、その面積は上海の浦東ほどにすぎない。方陣はたしかに強力だが、同時にこの文明が脆弱であることを示している。
「陛下の軍隊は、ほんとうにこの世にふたつとないすばらしいものです。こんなに短い期間でこんなに複雑な訓練を成し遂げたわけですから」フォン?ノイマンは始皇帝に讃辞を贈った。
「全体的には複雑でも、ひとりひとりがすることはごく簡単だ。以前、ファランクス方陣を破るために行った訓練と比べれば、なにほどのこともない」始皇帝が長剣の柄を撫でながら言う。
「神もお守りくださっているようだ。ふたつの長い恒紀がつづいている」ニュートンが言った。
「乱紀だったとしても、朕の軍隊は変わらず訓練を行うぞ。これから乱紀が来ても、そなたたちの演算を完成させるだろう」始皇帝は誇らしげに方陣を見やった。
「それでは陛下、大命を発していただけますか」フォン?ノイマンは興奮に震える声で懇願した。
始皇帝がうなずくと、ひとりの衛兵が駆けてきて、皇帝の剣の柄つかを握ってうしろに何歩かしりぞき、皇帝が自分では抜くことができない青銅の長剣を鞘から抜き放った。そして皇帝の前でひざまずき、剣を皇帝に捧げると、始皇帝は手にした長剣を高く澄んだ大空へ向けて、大きな声で叫んだ。
「計算陣形コンピュータ?フォーメーション」
ピラミッドのそれぞれの角に置かれていた四つの青銅の大きな鼎かなえが、同時に大きく燃えさかった。方陣に面したピラミッドの斜面にぎっしり立っている兵士たちが、轟くように唱和し、始皇帝の号令を伝達していく。
「計算陣形──」
下方の大地では、均一だった方陣の色彩が乱れを見せはじめ、複雑で精緻な回路の構造が浮かび上がってきた。そしてすこしずつ方陣のすべてに回路が充填され、十分後には三十六平方キロメートルに及ぶコンピュータのマザーボードが大地に出現した。
フォン?ノイマンが巨大な隊列回路を紹介する。「陛下、われわれはこの計算陣形コンピュータを秦一号と命名いたしました。ごらんください、あちらの真ん中に見えるのが中央処理装置、中核となる計算部品です。陛下の最精鋭の五つの兵団で構成されております。図面を参照していただければ、中にある加算器、レジスタ、スタックメモリなどがおわかりになるでしょう。外側を囲んできちんと整列している集団はメモリです。この部分を構築する際に、人数が足りないことに気づきましたが、ここはそれぞれのユニットの動作がもっともシンプルな箇所ですので、兵士ひとりひとりを訓練し、多くの色の旗を持たせることで、当初は二十名に割り当てていた動作をひとりで実行できるようにしました。
その結果、メモリ容量は〈秦?〉ァ≮レーティングシステムの最低条件をクリアできました。あちらの、すべての陣列を貫く無人の通路と、その通路上で命令を待つ身軽な軽騎兵をごらんください。あれは、システムバスと呼ばれるもので、全システムのコンポーネント間の情報伝達を担当します。
バス?アーキテクチャは偉大な発明です。新しいプラグイン?コンポーネントは最大で十の兵団で構成されますが、それらはすみやかに、メインの作業バスに追加することができます。これは、秦一号のハードウェアを拡張し、アップグレードするのにたいへん便利です。いちばん遠くの、あのあたりをごらんください。望遠鏡がないとよく見えないかもしれませんが、あれは外部メモリで、わたしたちは、コペルニクスの提案にしたがってハードディスクと呼んでいます。教育水準の高い者たち三百万名で構成されています。陛下が以前、中国全土を統一されたあと、焚書坑儒の際に彼らを残しておいたのは正解でした。彼らひとりひとりが筆記具とメモを持ち、計算結果の記録を担当しているのです。もちろん彼らの最大の役割は、仮想メモリとして、計算の中間結果を記憶することです。計算速度のボトルネックは彼らといえるでしょう。そして最後に、わたしたちからいちばん近いその場所はディスプレイです。計算のもっとも重要なパラメータをリアルタイムで表示することができます」
フォン?ノイマンとニュートンが、人の背丈ほどもある大きな巻紙をうしろから運んできた。始皇帝の目の前でそれを広げはじめたが、巻紙が最後まで広がったとき、汪淼は一瞬緊張した。皇帝に見せる地図の巻物の中に短剣を隠していた暗殺者の逸話を思い出したからだったが、もちろんこちらの巻紙から武器が出てくることはなく、目の前には、符号がぎっしり書かれた大きな紙が一枚だけ広がっていた。符号はすべて、蠅の頭ほどの大きさでぎっしり並び、下方で展開している計算陣形と同じく、じっと見ていると目が眩みそうになる。
「陛下、こちらはわれわれが開発いたしましたァ≮レーティングシステム秦?です。計算を実行するソフトウェアは、この上で動きます。どうかごらんください。あちらが」とフォン?ノイマンが下の人列コンピュータを指し示した。「ハードウェアで、こちらのこの紙に書かれたものがソフトウェアです。ハードウェアとソフトウェアの関係は、琴と楽譜のようなものです」
そう言いながら、フォン?ノイマンは、ニュートンといっしょに、同じような大きさの新しい巻物を広げはじめた。「陛下、これが数値解析法を用いてあれらの微分方程式の解を求めるためのソフトウェアです。天文観測で得られた、ある特定の時間における三つの太陽の運動ベクトルを入力すれば、ソフトウェアの動作ァ≮レーションによってその後の動きを計算し、将来の任意の時点における三つの太陽の位置が予測できます。今回の最初の計算では、これから二年間の三つの太陽の位置を完全に予測いたします。各出力の時間間隔は百二十時間です」
始皇帝がうなずいた。「では、はじめよ」
フォン?ノイマンは両手で天を支えるようにし、おごそかな声をあげた。「陛下の御意にしたがい、計算陣形コンピュータを起動する システムの自己診断セルフチェック開始」
ピラミッドの中腹あたりにいる、一列に並んだ旗手が、手旗信号で指令を発信すると、下方の大地の、三千万人から成る巨大なマザーボードが、水面で光がきらめく湖へと一瞬で変わったかのように見えた。数千万の小旗が揺れ動いている。ピラミッドのふもと近くに広がるディスプレイ隊形では、緑色の大きな旗から成る進行度表示線プログレス?バーがじりじりと延びていって、現在進行中のセルフチェックがどこまで進んだかを示している。十分後、プログレス?バーは一〇〇パーセントを示す終端にたどりついた。
「セルフチェック完了 起動手順シークエンス開始 ァ≮レーティングシステム読み込みロード」
眼下の、人列コンピュータを貫くかたちで延びる通路のシステムバスでは、軽騎兵が機敏に動きはじめ、バスはたちまち、一本の激しい奔流となった。この川は、途中でいくつもの小さな支流に分かれ、各モジュールに浸透していく。すぐに白と黒の旗のさざ波は合体して大波に変わり、マザーボードの全領域を覆いつくす。中央部のエリアではこのうねりがもっとも激しく、まるで火薬に火が点いたかのようだ。
が、そのときとつぜん、火薬が燃えつきたかのように、エリアでのうねりが落ち着き、やがて完全に静止した。中央のからスタートして、その静けさがあらゆる方角に広がってゆく。まるで湖面が瞬時に凍りついてしまったかのごとく、最終的にはマザーボード全体が動きを停止した。数カ所に散らばるコンポーネントだけが、無限ループに陥り、生命のない輝きを放っている。
「システムがフリーズしました」ひとりの信号担当官が大きな声で叫んだ。故障はすぐに判明した。ステータス?レジスタのゲートのひとつにエラーが起きたのだ。
「システム再起動」フォン?ノイマンが自信たっぷりに命令を出す。
「待て」ニュートンが信号担当官に向かって手を振って制止し、悪意を秘めた顔つきで始皇帝のほうに向き直った。「陛下、システムの安定的な運行のため、故障率の高いコンポーネントにはメンテナンスを実施しなければなりません」 始皇帝は長剣に寄りかかって口を開いた。「故障したコンポーネントを交換し、そのゲートを構成していた兵士は全員、首を刎ねよ 今後、故障があった場合は同様に処置せよ」
フォン?ノイマンはぞっとしたようにニュートンを見やったが、そのときにはもう、鞘から剣を抜いた騎兵の一隊がマザーボードに突入し、故障箇所のメンテナンスをはじめていた。部品が〝修理?されたのを確認して、フォン?ノイマンはまた再起動の命令を出した。今回の起動はうまくいき、三体世界のフォン?ノイマン?アーキテクチャ人列コンピュータは、二十分後、秦?ァ≮レーティングシステムのもとでフル稼働しはじめた。
「太陽軌道計算プログラム『Three Body 1.0』起動」ニュートンが声を限りに叫んだ。「マスター?コンピューティング?モジュール始動 差分モジュール読み込み 有限要素分析モジュール読み込み スペクトル法モジュール読み込み……初期条件パラメータを入力計算開始」
ディスプレイ隊形にあらゆる色の手旗が閃き、マザーボードがきらめいた。人列コンピュータの果てしなくつづく長い計算がはじまった。
「これはじつに面白い」始皇帝はまさに壮観と呼ぶしかない人波を指して言った。「ひとりひとりのふるまいはこんなに単純なのに、全体として、これほど複雑で大規模なものをつくりだせるとは 欧州人は、朕が独裁的な暴君で、社会の創造力を抹殺していると罵っているが、その実、厳格な規律のもと多数の人間がひとつに結ばれることで、偉大な知恵を生み出せるではないか」
「偉大なる皇帝陛下、これは機械のメカニズムによるものでして、知恵などではございません。これらの一般庶民のひとりひとりはみな、ただのゼロです。ただ、いちばん最初に、陛下のようなひとりの〝?が加わることで、彼らの全体が初めて意味を持つものとなるのです」ニュートンが追つい従しょう笑いで機嫌をとろうとしている。
「最低の哲学だな」フォン?ノイマンはニュートンを一瞥し、「もし最終的に、きみの仮説や数学モデルに基づいて計算した結果が現実と一致しなかったら、きみやわたしはゼロにもならない」
「たしかに。そのとき、そなたたちはまさしく無となる」始皇帝はそう言って去っていった。
歳月が飛ぶように過ぎ去った。人列コンピュータは一年四カ月にわたって作動をつづけ、プログラムの調整期間をべつにしても、実際の計算を実行した期間は一年二カ月に及んだ。この期間、非常に劣悪な乱紀の気候による二度の中断があったが、コンピュータには中断された時点のデータが保存されて、いずれの場合も復帰に成功し、中断した時点から運転を再開した。始皇帝とヨーロッパの学者たちがふたたびピラミッドの頂上に上がったときには、第一ステップの計算はすでに完成していた。計算結果としてのデータは、今後二年間の太陽の軌道を明確に予測していた。
凍りつくような夜明けだった。夜通し巨大なマザーボードを照らしていた無数のかがり火はすでに燃えつきている。コンピュータが計算を終えたあと、秦?はスリープ状態になり、マザーボード表面の激しい波浪は静かなうねりへと変わっていた。
フォン?ノイマンとニュートンは、計算結果を記録した巻紙を始皇帝に献上した。
ニュートンはこう奏上した。「偉大なる皇帝陛下、計算そのものは三日前にすでに完成しておりました。本日になってようやく陛下に献上させていただくのは、計算結果によれば、今回の長い長い寒冷の夜はまもなく終わりを迎え、われわれは長い恒紀の第一日目の日の出を迎えることになるからです。今度の恒紀は一年以上つづき、太陽軌道のパラメータからすると、気候も穏やかで過ごしやすい時期となります。陛下の王国を脱水から復活させてください」
「朕の国家は、計算がはじまって以来、一度も脱水していない」始皇帝は巻紙を握り、不機嫌そうに言う。「朕は、秦の国力を投入して計算陣形を維持してきた。もうすでに、すべての蓄えを使いはたし、餓え、過労、寒さや暑さで死んだ人間は数えきれぬほどだ」始皇帝は巻紙で遠くを指し示したが、朝日の中に、マザーボードのふちが見えた。そこから何十もの白い線が大地の各方向へと放射線状に延び、はるかかなたの、天との境のところで消えている。それらは全国各地からマザーボードへと供給品を輸送する道路だった。
「陛下はほどなく、このコンピュータがそれに値するものだということを実感なされるでしょう。太陽の運行法則を理解したのち、秦国は急速に発展し、計算前の何倍にも強力な国家となることでしょう」フォン?ノイマンが言った。
「計算によれば、太陽はすぐに昇ってきます。陛下、栄光をお受けください」 ニュートンの言葉に答えるかのように、赤い太陽が地平線から昇ってきた。ピラミッドと人列コンピュータが黄金の光に包み込まれる。マザーボードからは海鳴りのような歓喜の声が上がった。
そのとき、ある人物が大あわてで走って来た。あまりに急ぎ過ぎたせいか、皇帝の足もとにひざまずいた拍子に、ぜいぜい息をしながら地面に倒れこんでしまった。それは、秦国の天文大臣だった。
「天子さま、由々しいことになりました。計算に誤りがございました 大災難が起こります」泣きながらそう叫んだ。
「なんの話だ」始皇帝が口を開く前に、ニュートンが天文大臣に一発、蹴りを入れた。
「計算結果どおりの時刻に太陽が昇ってきたのが、おまえには見えなかったのか」「しかし……」大臣は体を半分起こして太陽を指した。「あれは何個の太陽でしょう」 その場のすべての人が、いままさに昇っている太陽を見つめたが、みんな、意味がわからなかった。「大臣、あなたは欧州で正統な教育を受けたケンブリッジの博士だろう。まさか数を数えられないほど莫迦ではあるまい。当然、太陽はひとつだ。それに、気温も生活に適している」フォン?ノイマンが答えた。
「違います。三つです」大臣が泣きながら言う。「ほかにふたつ、あのうしろに太陽があるのです」
人々はもう一度太陽を見たが、大臣の言っていることがさっぱりわからなかった。
「帝国天文台の観測によれば、現在、歴史的にも珍しい三恒星直列が起こっています。三つの太陽が一列に並び、同じ速度と角度でわれわれの惑星をまわって運行します ですから、われわれの惑星と三つの太陽を合わせた四者が、つねに一直線上に位置しているのです そしてわれわれの惑星はずっと、この直線のいちばん端に位置することになります」「その観測はほんとうにまちがいないのか」ニュートンが大臣の襟首をつかんでたずねた。
「もちろんまちがいありません 帝国天文台の欧州人天文学者が観測しました。その中には、ケプラーやハーシェルもいます。彼らが使用しているのは、欧州から輸入した世界最大の望遠鏡です」
ニュートンは天文大臣の襟首から手を離して立ち上がった。顔色こそ青白いが、その顔には純粋な歓喜の表情が浮かんでいることに、汪淼は気づいた。ニュートンは胸の前で両手を組んで、始皇帝に言った。
「もっとも偉大であり、もっとも尊敬する皇帝陛下。これは吉兆の中の吉兆であります現在、三つの太陽がわれわれの惑星のまわりをまわっています。つまり、陛下の帝国が宇宙の中心になったのです これは、われわれの努力に対する、天帝からの褒美なのです。
もっとくわしく計算結果を調べてみれば、それが証明されることでしょう」 そう言い終えると、ニュートンは、すべての人が茫然としている隙に乗じて、ひとり立ち去ってしまった。少ししてから、ニュートンが駿馬を一頭盗み、行方をくらましたという報告がなされた。
緊張をはらんだ沈黙がしばしつづいたあと、汪淼がだしぬけに口を開いた。「陛下、あなたの剣を抜いてください」
「どうするのだ」始皇帝は意味がわからずたずねたが、脇に控えていた抜刀担当兵に手で合図した。その兵士はすぐに皇帝の長剣を引き抜いた。
「どうぞ、振りまわしてみてください」と汪淼は懇願した。
始皇帝は剣を受けとって、何度か振ってみた。するとその顔に、驚きの表情が浮かんだ。「はて、どうしてこんなに軽いのだ」
「このゲームのスーツは、重力の減少をシミュレートできないのです。もしできていれば、われわれも自分がかなり軽くなったことを感じられるでしょう」「下を見てみろ あの馬や人間を見ろ」だれかが驚きの声をあげると、みんなが一斉に下を見た。ピラミッドのふもとで行進している騎兵隊の戦馬のほぼすべてが地面を漂っている。かなりの距離を跳ねてから、その蹄がようやく着地する。また、勢いよく走っている者は、一歩で十数メートルも跳躍し、その着地はひどく緩慢だった。ピラミッドの上でも、ひとりの兵士が試しに跳んでみたが、簡単に三メートルほどの高さまでジャンプできた。
「これはどうしたことだ」始皇帝はたったいま空中にジャンプした者が、ゆっくりと降下していくのを見ながら、驚きと畏れのまじる口調で言った。
「天子さま、三つの太陽が直線上にわれわれの惑星と並んでいるということは、それらの引力が同じ方向で合わさって、ここに作用することとなるわけで……」天文大臣が説明をはじめたが、それと同時に、自分の足が二本とも宙に浮いていることに気づいた。つづいて、他の者たちもいろんな角度に傾きながら、地面から足が離れて空中を漂いはじめた。
泳げない人間が水に落ちたみたいに、じたばたもがいて体を安定させようとするが、かえっておたがいにぶつかってしまう。
そのとき、さっきまで彼らが立っていた地面に、蜘蛛の巣状に亀裂が走った。その裂け目が急速に広がったかと思うと、石膏の粉末をもうもうと舞い上げ、天地が崩れるような巨大な音を轟かせながら、眼下のピラミッドがばらばらになり、無数の巨大な石材に解体されていく。ゆっくり浮上してくる巨石群の隙間から、いままさに崩壊しつつある大広間も見えた。伏羲を煮たあの大釜や、かつて汪淼が縛られていた十字架も浮かび上がってくる。
太陽が中天にさしかかると、宙に浮かんだすべて──人間、巨石、天体観測機器、青銅の大釜──がゆっくりと、さらに上昇しはじめ、たちまち加速した。汪淼は無意識に、人列コンピュータに目を向けた。マザーボードを構成していた三千万人はすでに平原を離れ、飛ぶように浮上している。まるで掃除機に吸いとられるアリの群れのようだ。彼らが飛び立った地面には、マザーボード回路の痕がはっきりと残されていた。高い上空からでなければ、全体像は見られない、その精緻で複雑な巨大な図柄は、はるか未来に勃興する次の三体文明にとって、謎の遺跡となるだろう。
汪淼は上に視線を転じた。空は、まだら模様の不思議な雲で覆われている。その雲は、粉塵、石材、人体、その他さまざまなものから成り、太陽はその向こうで輝いている。はるか遠くのほうでは、連綿とつづく山脈がゆっくりと上昇しはじめるのが見えた。その山脈は水晶のように透きとおり、きらきらと光を反射しながらかたちを変えている──いや、あれは山脈じゃない。宇宙に吸い出されようとしている大海原だ 三体世界の地表にあるすべてのものが、太陽に向かって上昇してゆく。
汪淼がまわりを見わたすと、フォン?ノイマンと始皇帝がいた。フォン?ノイマンは宙を漂いながら、始皇帝に大声でなにか話しかけているが、声は聞こえない。そこにかぶさるように、小さなフォントで記された字幕が出現した。『……わかった 電子部品です。
電子部品で回路を組み、それを使ってコンピュータをつくればいい そのようなコンピュータは、速度が何倍にもなります。体積も小さくなり、だいたい小さなビルくらいで……陛下、聞いていらっしゃいますか』
始皇帝は長剣を振りまわし、フォン?ノイマンに切りつけようとした。フォン?ノイマンは、そばに浮かぶ巨石を蹴って、その剣を避けた。長剣は巨石にぶつかり、火花を発して真っ二つに折れる。直後、その巨石ともうひとつの巨石がぶつかり、始皇帝がそのあいだに挟まった。砕けた石と血肉が飛び散り、見るも無残なありさまだった。だが汪淼には、それらが衝突する音が聞こえなかった。周囲はすでに、死んだように静けさに包まれている。空気がなくなっているため、音も存在しない。空中を漂う人体は、ゼロ気圧下で血液が沸騰し、内臓を吐き出してしまい、排出された体液がつくる氷の結晶に覆われた、奇妙な塊と化している。大気層が消失したことで、空はすでに漆黒の闇となっていた。三体世界の地球を離れて宇宙を漂うすべてが、太陽光を反射して燦然と輝く光の雲と化している。この雲はやがて巨大な渦巻きとなり、螺旋を描きながらその最終目的地、太陽へと流れてゆく。
汪淼はいま、太陽のかたちも変わりつつあることに気づいた。いや、違う。じっさいには、他のふたつの太陽が見えはじめているのだった。ひとつ目の太陽の背後から、その一部分が顔を出している。汪淼の位置から見ると、重なり合った三つの太陽は、宇宙でまばゆく輝くひとつの巨大な目玉のように見えた。
直列する三つの太陽の背景に、テキストが出現した。
文明は、三恒星直列がもたらした引力によって滅亡しました。この文明は科学革命と産業革命レベルまで到達していました。
この文明では、ニュートンが非相対論的古典力学を確立しました。同時に、微積分とフォン?ノイマン型コンピュータの発明により、三体運動に対する定量的数学分析の基礎が築かれました。
長い時間のあと、生命と文明がいまいちど勃興し、『三体』の予測不能の世界で、ふたたび進歩をはじめるでしょう。
またのログインをお待ちしています。
汪淼がゲームからログアウトしたとたん、見ず知らずの人物から電話がかかってきた。
ひどくしゃがれた、男の声だった。「もしもし。まず最初に、ほんとうの電話番号を登録してくださったことに感謝します。わたくしは、ゲーム『三体』のシステム管理者です」 汪淼は、興奮と不安の両方を感じた。
「それでは、年齢、学歴、勤務先と肩書きをお伺いします。これらは、ゲームにご登録された時点で、記入いただいていない項目です」管理者がたずねる。
「そういう項目に、ゲームとどんな関係があるんでしょう」「このレベルまで到達されたプレイヤーのかたがゲームの続行を望まれる場合、これらの情報はかならずご提供いただいています。もし拒絶されるのであれば、『三体』には永久にログインできません」
汪淼は、管理者の質問にありのままの事実を答えた。
「おめでとうございます。汪教授、あなたは『三体』を継続してプレイする条件を満たしました」
「ありがとう。いくつか質問があるんだが──」
「質問は受け付けておりません。ただし、明晩、『三体』プレイヤーのァ≌会がございます。ご招待させていただきますので、ぜひご参加ください」そう言って、『三体』管理者は、汪淼に住所を伝えた。