田舎のお母さん
小川未明
奉公をしているおみつのところへ、田舎の母親から小包がまいりました。あけてみると、着物がはいっていました。そして、母親からの手紙には、
「さぞ、おまえも大きくなったであろう。そのつもりでぬったが、からだによくあうかどうかわかりません。とどいたら、着てみてください。もしあわないようでしたら、夜分でもひまのときに、なおして着てください。」と、書いてありました。
おみつは自分のへやにはいって、お母さんからおくってきた着物をきてみました。田舎にいるときには、お正月になってもこんな着物をきたことがなかったと思いました。自分だけでなく、村でもこんな美しい着物をきる娘は、なかったのであります。
彼女は、しばらく自分のすがたに見とれていました。ちょうどそこへ、坊ちゃんが外からたこをとりにはいってきて、おみつのようすを見たので、
「みつ、それを着ると、なんだか田舎の子みたいになるよ。」といって、笑いました。
おみつも、田舎では美しいのであろうけれど、都ではみんながもっと美しい着物を着ているから、あるいはそう見えるかもしれないと思うと、急にはずかしくなって、
「なぜ、お母さんはもっとはでなのをおくってくだきらなかったのだろう? わざわざおくってくださらずとも、自分がすきなのをこちらでこしらえればよかったのに……。」と、心でいいながら、着物をぬいで、行李の中へしまってしまいました。
晩になって、おしごとがおわりました。彼女は自分のへやへはいってひとりになると、しみじみとして田舎のことが考えられました。行李から着物をとりだしました。村からあの峠をこして母親が町へ出て、機屋でこの反物を買い、家にかえってからせっせとぬって、おくってくださったのです。そう考えると、また、いくたびかこのぬいかけた着物を手にとりあげて、
「娘にあうかしら?」と、首をかしげて見入られたであろう母親のすがたさえ、目にうかんでくるのでした。
おみつは、お母さんの手紙を着物の上でひらいて、もういちどよみかえしているうちに、あついなみだが、おのずと目の中からわいてくるのをおぼえました。
「せっかく、おくってくださったのを、気に入らないなどいって、ばちがあたるわ。」
そう思うと、彼女は心からありがたく感じて、すぐにお礼の手紙を書いて、お母さんに出したのでした。
ある日、おみつはお嬢さんのおともをして、デパートへいったのであります。
「そんなじみな着物しかないの?」と、出がけにお嬢さんがおっしゃいました。
おみつは、顔を赤くしましたが、心の中で、お母さんのおくってくださったのを、たとえじみでもなんのはずかしいことがあろうかと、自分をはげましていました。
ひろびろとしたデパートは、いろいろの品物でかざりたてられていました。そして、そこはいつも春でありました。香水のにおいがただよい、南洋できのらんの花がさき、美しいふうをした男や女がぞろぞろ歩いて、まるでこの世の中の苦労を知らぬ人たちの集まりのようでありました。
「みつや、人がみんな、おまえのふうを見ていくじゃないの。そんな田舎ふうをしているからなのよ、みっともないわ。」と、お嬢さんがいいました。
これをきくと、おみつはまだ若い娘だけに、
「いくらお母さんがおくってくださったのでも、ほかの着物を着てくればよかった。」と、思いました。
お嬢さんは買い物をして、その包みをおみつに持たせて、それから食堂にはいっておみつもいっしょにご飯をたべ、コーヒーをのんで、休みました。そして、そこを出ました。
「みつや、東北地方の物産の展覧会があるのよ。きっとおまえの国からも、なにか名物が出ているでしょう。ちょっと見ましょうね。」と、いって、お嬢さんは先になってその会場へおはいりになりました。
おみつも、その後からついてはいりました。
そこには、田舎でつくられたおり物とか、道具とか、おもちゃのようなものがならべられてありました。デパートの他の売り場では見ることができないような、けばけばしくはないが、じみで美しい、おもしろみのある品物がありました。一つ一つ見て歩いていらしったお嬢さんは、ふいに足をとめて、
「ちょっと、ここにならんでいる反物は、おまえの国の町からなのよ。まあ、みつや、この反物は、おまえの着ているのと同じでないこと!」と、お嬢さんはおっしゃいました。
おみつもそれを見ると、しまがらがすこしちがっているだけで、まったく自分のと同じ手おり物でありました。つけてあるねだんを見て、お嬢さんは二度びっくりして、
「まあ、高いのね!」と、大きな声でおっしゃったので、そばにいる人たちまでが陳列された反物とおみつの着物とを見くらべて、この女中さんはなかなかいい着物を着ているのだなといわんばかりの顔つきをしたのであります。
おみつはそれを知ると、はじめて自分がいい着物をきているのを知ってうれしかったというよりか、自分の故郷ではこんないい反物ができるということに、誇りを感じたのでした。やがて、会場からでるとお嬢さんは、
「ごめんなさい。みつの着ているのが、そんないい品だとは知らなかったので、悪口をいってすまなかったわ。」と、いって、おわびをなさいました。
おみつはまた、顔を赤くしました。しかし心のうちでは、喜んでいたのであります。そして、お母さんをほんとうにありがたくなつかしく感じました。