しかし、いくら同じように黒っぽくても、からすとはととは、ちょっと見てもよくわかります。子供らは、からすを見つけると、石を拾っていっせいに投げつけました。
いろいろのことを思って、茫然としていましたからすは、不意に石が飛んできたので、びっくりして立ち上がりました。そして、木の枝に止まって下をながめますと、子供らは、なお自分を目がけて石を投げるのであります。
からすはしかたなく、その社の境内から逃げ出しました。けれど、どこへいっても、自分を仲間に入れてくれるはとの群れはありませんでした。そして、人間に見つけられると憎まれ、また追われました。ちょうどそのことは里にいたときも同じことです。むしろかえって、都のほうがいっそうひどいように思われました。
からすは、はとの仲間入りすることは断念しましたが、都の空は煙でいつも濁っていて、それに、餌を探すようなごみためがいたって少ないので、そこにいる間は餓えを忍んでいなければなりませんでした。からすは、この都がちっとも自分にとって、いいところではありませんでした。
「こんなことになるのも、みんなかもめのいったことを信じたからだ。」と、彼は、かもめをうらみました。
しかたなしにからすは、ふたたび、自分の産まれた里を指して帰ってゆきました。こんなことがあってから、このからすは、ひとをおだてたり、うそをいって困らせたりすることを喜ぶようになりました。それもまったくかもめの言葉を信じて、とんだめにあった復讐を他に向かってしたのでございます。
ある日、からすは田の上や、圃の上を飛んで田舎路をきかかりますと、並木に牛がつながれていました。その体は黒と白の斑でありました。そして、脊に重い荷をしょっていました。これを見ると、さっそく、からすはその木の枝に止まりました。そして、下を見おろしながら、
「牛さん、牛さん、主人はどこへいった。」と聞きました。
牛は、穏やかな大きな目をみはって、遠方の日の光に照らされて暑そうな景色を見ていましたが、からすが頭の上でこう問いますと、
「俺の主人は、あちらの茶屋で昼寝をしているのだ。」と答えました。
これを聞くとからすは、
「なんて人間というやつは自分かってなんだ。おまえさんなぞは、人間の幾倍となく力が強いじゃないか。なぜこんな綱なんか断ち切ってしまって、山の中へ逃げていかないのだね。山の中へ入りゃ、草もあるし、水もあるし、木の実もあるし、遊んでいて楽に暮らしてゆけるじゃないか。そして、獣物の王さまにならないともかぎらないじゃないか。」と、おだてました。
牛は黙って、からすのいうことを聞いていましたが、なんとなくそれを信じることができませんでした。
「いったい、そんなことができるだろうか。」といいました。
「なんでできないことがあるものか、おまえさんたちは臆病なんだ。」と、からすはいいました。
「先祖代々から、まだそんな乱暴なことをしたものを聞かない。」と、牛は答えました。
「やればできたんだが、みなおまえさんのような弱虫ばかりだ。」と、からすはいいました。
人のいい牛も、ついに腹を立てずにはいられませんでした。
「小さな癖に、なまいきをいうな。」と、上を向いて太い鼻息を吹きかけますと、からすはびっくりして、
「ばか、ばか。」と、悪口をいって逃げ去ってしまいました。
からすは、ついに牛をおだてそこないました。そして野や、圃の上を飛んできますと、今度は一ぴきの馬が並木につながれていました。その馬は脊の高い、まだ年若い赤毛の馬であります。からすはさっそく、その木のいちばん下の枝に止まりました。馬は、足もとの草を食べていました。
「お馬さん、お馬さん、あなたがほんとうにかけ出したら、どんなに疾いでしょうね。私はあなたのようなりっぱなお馬さんが、こうして綱で縛られているのが不思議でならないのですよ。なぜこんなところにまごまごして、朝から晩まで重い荷をしょわされていなければならないんですか。」と、からすがいいました。
「おまえはだれかと思ったらからすか、よく俺の足が疾いことを知っているな。ほんとうにかけ出したら、どんなものでも追いつけるものでない。けれど逃げ出したって、いきどころがないじゃないか、それとも、どこかいいところがあるというのか。」と、若い馬は問い返しました。
「それはありますよ。だれも束縛するようなもののいない、そして、暗い夜というようなものもない、まったく自由で、一日明るい昼ばかりのよい国がありますよ。」
「それは、いったいどこだ。」
「それですか、西の紅い夕焼けのする国です。毎日、あなたはその方を見るでしょう。いつもその方を見ると、愉快にはなりませんか。」と、からすはいいました。
「愉快になるよ。俺は夕焼けの方を見るのが大好きだ。けれど、そんないい国があるなどとは知らなかった。おまえは、ほんとうにいって見てきたのか。」
「私は、太陽の近くまでいって見てきました。」と、からすはいいました。
「太陽の近くへ? 真紅だろうな。しかしおまえは翼があるからゆける、俺には翼がない。」と、馬は悲しそうに答えました。
「そのかわり、疾い脚があるじゃありませんか。どんなところでも、あなたなら飛び越せないことはありません。」と、からすはいいました。
「たいていのところなら飛び越せるつもりだ。」と、馬は答えて、しばらく考えていました。
からすは、今度はうまくやったなと、高いところへ飛んでいって、じっと馬のすることを見ていました。すると、馬は不意にはねだしました。そして脊中に積んであった荷物をみんな落として、綱を切り放って、野となく林となくかけてゆきました。からすは、馬がしまいにどうするか空を飛んで従いてゆきました。馬はついに林や、野や、おかを越えて、海の辺りに出てしまいました。日はようやく暮れかかって、海のかなたは紅く、夕焼けがしていました。馬はじっとその方を見て、かなたの国にあこがれながらも、どうすることもできませんでした。
「やってみろ! おまえならこの海を飛び越せるだろう。」と、このとき、空でからすがいいました。
馬は、ほんとうにそうかと思いました。そして、一思いに海を飛び越そうとはね上がりました。けれど、二間とは飛べず、海の中に落ちて死んでしまいました。これを見たからすは、
「あほう、あほう。」といいながら、飛んでいってしまいました。
その年の暮れ、大雪が降って寒い晩に、からすは一つの厩を見つけて、その戸口にきて、うす暗い内をうかがい、一夜の宿を求めようと入りました。するとそこには白と黒のぶちの肥った牛がねていました。
「おまえは、いつかのからすじゃないか。あのとき、おまえのおだてにのって山の中へ入ってみろ、この大雪に、どうして安らかにねることができるか。おまえのようなうそつきには、宿を貸してやることはできない。」と、牛は追いたてました。
からすは、大雪の中をあてもなく、そこから立ち去ったのであります。