二
正一は、この子供等の中でも、どちらかといえば臆病な子供であった。而して鬼になるより、隠れる方が好きであった。
彼は、見つかった! と頭の上で言われる時には、身がぶるぶると戦えるように、ぞっとするのを覚えた。藪の中に隠れている時、鬼が此方に歩いて来る足音がガサガサと聞えると、もう身の毛がよだって、耳が熱って、心臓がどきどきした。而して、或時は、自分から、居堪らなくなって、やあ――と死に物狂いに叫んで藪の中から飛び出ることもあった。
ある秋の晩方であった。白い夕靄がうすくぼんやりと降りて、彼方の黒ずんだ杉林に、紅く夕日が落ちた時分であった。村の子供等は、いつものように古い屋敷跡に集った。この屋敷は、村の端にあって、昔は、五百石取りの武士が住んでいたところであったが、いろいろと仔細があって衰微してしまって、その家は、古びて遂にこの程、取り壊されたので、その屋敷跡には、古い空井戸があった。また地形石などがその儘となっていたり、家根石などが転っていたりした。裏手には杉の木の林があって、土手には熊笹が繁っていた。
子供等は、紅い沈んだ夕日を眺めていたが、
「おい、君等の中で幽霊を見たものはないかい。」
と一人がいった。
すると、一人は、「見たよ。」といった。
「何処で。」
「あの杉の木の中で。」
とその少年は、後方の紅い夕日の沈んだ森を指した。
「どんなものであったい。」
と、一人が言った。
「黒い着物を被ていたよ。而して頭から何か被っていたよ。」
「而して、その黒い坊さんはどうしたい。」
「僕は、その坊さんに石を投げてやった。」
「何か物を言ったかい。」
「何処かへ消えてしまった。」
「何、それは幽霊でないよ、誰か、杉の枯枝を拾いに来ていたのだよ。君、幽霊なんかこの世界にありはしないよ。」
「うん、ありはしない。学校の先生が幽霊などありはしないといったよ。」と一人が傍から賛成した。
皆んなは、これで黙ってしまった。それから、またわいわい言っていたが、
「隠れんぼうをしよう。」
と、一人が言った。
「しよう。」と、其処にいたものは、皆んな同意した。而して、また、石の転っている空地に輪を造って、りゃんけんぽと言って、拳に敗けたものは鬼になった。
その時、臆病の正一はこういった。
「君、隠れる場処をきめて置こうよ。」
すると、皆んなは、もう遅くて、暗くなったから、彼方の桑圃へは行かないことにしよう、この家敷の周囲だけにしようといった。
「じゃ、あの杉の木の森……。」と正一は言った。
「何、森がなくちゃ隠れる場処はありゃしないじゃないか。」
と、一人が打消した。