三
やはり正一は、鬼にならなかった。皆んなは、固って逃げて森のところまで来た。鬼は、やはり眼隠しをさせられて、空地の、石の転っている処に彼方向きになって立っていた。
皆んなは、杉の森のところまで来ると、
「オイ、固って隠れては駄目だ。直に分ってしまうから、皆んな分れて隠れようよ。」
と、一人が発議した。皆なは、「そうだ。皆んな別々に隠れよう。」といって各自はこそこそと森の中の、藪の中に、それぞれ隠れてしまった。
もう、夕靄が一面に下りて、森の下は暗くなって、少しも見えなかった。紅い夕日は、僅かにほんのりと遠くの地平線に余炎を残していた。黒く人のように立っているものがある。それは、木の枝が固っているのであった。正一は、自分独りになってまごまごと隠れるところを探していた。
先刻、幽霊の話を聞いたので、日頃から臆病であったから、独りで隠れる気にはなれなかった。
正一は、こう思った――もし、自分が鬼になれや黙って帰れない、若しも鬼になって、黙って家に帰ると明る日、皆んなからいじめられるから、鬼にならないうちに家に逃げて帰ろうかとも思った。しかし、今から、家に帰ろうとしても、鬼に見付けられてしまうだろう……こう考えながら、森の中をうろうろしていた。大きな、黒い杉の木の幹には、青い苔の生えているのが白くなって見えた。また、女の頭髪の乱れたような蔦などが下っているところもあった。赤い、烏瓜の吊下っているところもあった。
何だか、黒い、暗い頭の上から、誰か覗いているような気がして、独りで、藪の中に竦んでいることが出来なかった。
このとき、鬼は、
「もういいか。」
と、叫んだ。その方を振向くと、夕靄の中に立って、眼を隠している友の姿がぼんやりとして見えた。
「ま――だ――だよ。」
と、一生懸命で正一は、せつなそうな声を出して叫んだ。
すると、彼方の黒くなった藪の蔭から、
「何しているんだ。早く隠れれよ[#「隠れれよ」はママ]。」
という声がした。
正一の気は、焦立って、こうしていることが出来なくなった。
彼は、まごまごしてうろついている訳には行かなくなったので、自分独り、何処か他にいい処はないかと四辺を見廻して、森から他の場処を探した。
何処を見ても、眼を遮るようなものがなくて、ただ、この癈れ果てた空屋敷の跡には夕靄がぼんやりと白くかかっているばかりであった。
正一は、仕方なしに地面の上に臥ている訳にも行かないような気がして、気の急いでいる刹那に、ふと空井戸のあることに気がついて、早速其処に走った。