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過ぎた春の記憶(5)

时间: 2022-11-17    进入日语论坛
核心提示:五 月が森から上った。 あたりは、急に明るくなった。「オイ、君は、誰だい。」といって、正一は、立っている人の傍に寄って、
(单词翻译:双击或拖选)


 月が森から上った。
 あたりは、急に明るくなった。
「オイ、君は、誰だい。」といって、正一は、立っている人の傍に寄って、顔を覗いた。
 頭から、黒い(きれ)を被っている人は、黙っていた。正一は、びっくりした。けれど、誰かこんな真似をして、皆んなは隠れて、自分をおびやかそうとしているのではないかと思ったから、
「オイ、君は誰だい。」
といって、その黒い人の前に立った。
 けれど、その人は、やはり黙っていて返事がなかった。而して、あたりは余り静かで、しんとしているのでなんだか身に寒気を覚えて、変な気がして来た。
 この時、立っている人は、始めて頭から黒い布をはずしたのである。
 月の光りに見ると、白髪(しらが)の坊さんであった。やはり身に鼠色の衣物(きもの)を被ていた。
 正一は、一目見て、この坊さんは、或時、何処かで見たことのあるような、微かな記憶が不思議に浮ぶような気がしてならなかった。坊さんは、
「わしの顔を覚えていないか。」
といった。すると急に正一の頭は、はっきりとなって、いろいろの過去のことが考え出された。
「去年の、春の日であったが、お前を見たことがある。」
と、坊さんは言った。
 正一には、すべてがはっきりと分った。ちょうど桜の花の咲く頃の事であった。あの日の晩方、家の前に立っていると、あちらから、一人の旅僧が歩いて来た。その日は、朝のうちから、曇って、一日花曇りに日は暮れてしまうような穏かな日で、遠くでは、寺の鐘がゆるやかに鳴って聞えた。正一は、死んだ祖母のことなどを思い出していると、一人、草鞋(わらじ)穿()いて、びしゃびしゃと歩いて来た旅僧は、家の前を通り過る時に、ふと、自分の顔を見てにっこりと笑った。白髪の皺の寄った顔貌(かお)が、何んだか死んだお婆さんに()った時のように懐しく思われた。正一は黙って、そう思いながら、不思議そうな顔付(かおつき)をして、旅僧の顔を仰いで見ると、
「大きくなった。また来るよ。」といって、その旅僧は行ってしまった。正一は、家に入って、そのことを母親に話すと、人違いだろう……お前に、そんなことをいう筈はない……あまり、可愛らしいから、そういったまでだろう……これから、知らぬ人が、いい児だから私と一しょにお出でなどといっても行ってはいけないといった。
 今、自分の前に立っている坊さんは、その時の坊さんであった。
「覚えている。」
と、正一は心の(うち)で言った。
 星の光りは、秋の冷たい空気の中に(にじ)んで、鼠色の衣物を着た、坊さんの眼は水晶のように光って見えた。
「わしは、お前を見ようと思って来た。」
と、その坊さんは言った。正一は母の言葉を思い出していっしょに行ってはいけないと思った。帰る時、坊さんは、正一を家の近くまで送って来てくれた。

 正一は、病気にかかって床についていた。今、夢から(さま)された。眼を開けると、母親や、親類の人々が心配そうな顔付をして自分の顔を見ながら枕許に坐っていた。
 ――春の晩方(くれがた)、桜の咲いている寺へお詣りに来た。沢山の人がお詣りに来ている。中には、もうこの世を去った人で、見覚えのある老婆もあった。自分は、死んだ祖母に手を引かれて堂に上ると彼方に、蝋燭(ろうそく)の火が(ゆら)いでいる。其処の一段高い、天蓋(てんがい)の下には、赤い袈裟(けさ)をかけた坊さんが立っていた。あまり、人々の念仏の声などが、鐘の音などと入り混っていて、坊さんの言っていることが分らなかった。
 その坊さんは、なんだか見覚えのあるような気がしてならなかった――。

 医者が来て帰った。その診察によると、もう、正一は、二たびかくれんぼうをすることが出来なかった。

 

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