「そうさ、これほど、おとりを馴らすのは、容易のことじゃないのだ。まだ暗くなるまでに、幾十羽ばかり捕れるかな。」と、男は、思いました。
見物人の中に、学校帰りの少年が二人いました。
「あのすすきの中のすずめが、鳴かなければいいんだね。」
「助けてくれと鳴いているんだろう。」
「そうかしらん。鳴いているので餌があると思って降りるんじゃない。」
二人の少年が、そんなことを話していました。すると、先刻網の中から逃げ出したすずめは、そのまま遠くへいったかと思うと、またもどってきて、田のあぜに立っているならの木の枝に止まりました。そして、しきりに、チュン、チュン、と鳴いていました。
この時分になると、東の方から、西の方の森を目がけて、帰っていくすずめの群れが後から、後からときました。
「ほら、またきたよ。きっと網にかかるから。」と、見物人が、いっていますと、すずめの群れは果たして、すすきのやぶの頭にくると、ぐるぐるとまわりはじめました。
枝に止まって、鳴いている二羽のすずめは、
「あぶない! あぶない!」と、いうように鳴きつづけていました。
「おいしい餌があると思っているんだね。」
「そうかしらん。」
二人が、こんなことをいっていると、舞っていたすずめたちは、勢いよくすすきの中へ降りていきました。それよりも、驚いたことは、枝に止まっていた、先刻やっと網の中から逃げ出した二羽のすずめが、これも先を争って、ふたたびすすきの中へ飛んでいったのを見たことです。
「あっ、みんな網にかかってしまった。」
これを見ていた二人の小学生は、なんだか息詰まるような気がして、目をみはりました。男は、大急ぎで獲物を片っ端から殺して、袋の中へ入れていました。
「ばか!」と、このとき、大きな声で、どなったものがあります。それは、道の上で見ていた小僧さんでした。
「いいかげんに殺生やめろ!」
こういって、憤慨した、職人ふうの男もいました。すずめをかわいそうに思ったのは、二人の少年だけではありません。ここに立って見ているものが、みんな心にそう思ったのです。
「やはり仲間が捕まって、苦しんでいるのを助けようとして降りるのだな。」と、配達夫がいいました。
「まったくそうらしいですね。」
こんな話を、見ているものがしていました。これを聞いた二人の少年は、
「それごらん、餌を食べたいと思って、降りるんでないよ。」
「仲間を助けようと思って降りるんだね。」
こういうことを、二人が知ると、だまされて網にかかるすずめたちが、ほんとうにかわいそうになりました。
「こんな、罪になるものを見ていられん。」と、小僧さんが、急に自転車に飛び乗ってチリン、チリンと走り出しました。
「さあ、時間がおくれてしまって、たいへんだ。」と、配達夫も、また自転車を飛ばしていきました。
新しい見物人が、また足を止めていました。はじめのうちは、すずめのかかるのをおもしろがって見ているが、しまいには、後から、後から飛んでくるすずめが、だまされて、友だちを助けようとして、すすきの中へ降りて、網にかかるのがかわいそうになりました。
「はやく、日が暮れてしまえ!」と、腹立ちまぎれに、いったものもあります。すずめを捕っている男は、これで生活をするのか、根気よく、いつまでも仕事をつづけていました。見物人から、なんとののしられても、さも聞こえぬようなふうをして、すすきの中に隠れて、おとりのすずめを鳴かすのに、苦心していました。糸を引くと、すずめは、ほんとうに苦しそうに、鳴いていました。
このとき、二人の少年も、そこを去って帰りかけました。
「お友だちが呼んでいると、知らぬ顔をして、先へ飛んでいけないのだね。」と、一人は先刻、一度逃げ出したすずめが、ふたたび友だちを救おうとして、飛び込んで網にかかった光景を思い出して、いいました。
「すずめって、感心な鳥だね。」と、一人が感心しました。
「僕たちだって、泣いているお友だちを残しておいていけないだろう。」
「いけないな。」
「神さまから、すずめも仲間は、助け合っていくようにと教えられたのだね。」
二人の心は悲しかったのです。西の空は、灰色にだんだん暮れかかりました。すずめのそうした性質を知って、落としにかける男が、憎く思われたのでした。それにもまして、二人は、すずめたちの相互に助け合う心を美しく、貴く感じたのでありました。