すずめを打つ

すずめを打つ

小川未明

　風(かぜ)が吹(ふ)くと、木(き)の葉(は)が、せわしそうに動(うご)きました。空(そら)の色(いろ)は青々(あおあお)として、秋(あき)がしだいに深(ふか)くなりつつあるのが感(かん)じられます。朝(あさ)、まだうす暗(ぐら)いうちから、庭(にわ)さきの木立(こだち)へ、いろいろの小鳥(ことり)が飛(と)んできてさえずりました。ちょうど、休日(きゅうじつ)だったので、ご飯(はん)がすむと、清(きよし)くんは、縁側(えんがわ)へ出(で)て、新聞(しんぶん)を見(み)ていらっしゃるお父(とう)さんのそばへいって、自分(じぶん)もゆっくりした気持(きも)ちで庭(にわ)をながめていました。
　すずめまで、他(た)の渡(わた)り鳥(どり)のように、元気(げんき)よく木(き)の枝(えだ)や、屋根(やね)の上(うえ)で、鳴(な)いていました。このとき、空気銃(くうきじゅう)を持(も)った少年(しょうねん)が、かきねの外(そと)を通(とお)りました。
「秀(ひで)ちゃんの、兄(にい)さんだ。」
　清(きよし)くんは、すぐ庭(にわ)へ下(お)りて走(はし)りました。まもなく、木戸口(きどぐち)から、少年(しょうねん)をつれて、入(はい)りました。
「どこに？」
「ほら、あの木(き)の枝(えだ)にいるじゃないか。」
　少年(しょうねん)は、やっとわかったとみえてうなずきました。そして、銃(じゅう)を持(も)ちかえると、ねらいをつけました。同(おな)じく、お父(とう)さんも、その方(ほう)を見(み)ていられたが、あのすずめは親(おや)すずめと子(こ)すずめらしい。親(おや)すずめは、自分(じぶん)だけ逃(に)げようとせず子(こ)すずめをかばうであろう。それがために、子供(こども)の身(み)がわりとなって、打(う)たれるかもしれない。どうぞ、神(かみ)さま、たまがあたりませぬように！　と、心(こころ)で念(ねん)じていられたのです。
　また、少年(しょうねん)は打(う)ちそこなっては、友(とも)だちや、友(とも)だちのお父(とう)さんの見(み)ている前(まえ)で、みっともないと思(おも)いました。それで、しんけんでした。そのうち、シュッと、するどく空気(くうき)を切(き)って、たまの飛(と)ぶ音(おと)がしました。いままで鳴(な)いていた鳥(とり)の声(こえ)はやんで、同時(どうじ)に、なにか、ぱたりと下(した)へ落(お)ちたのでありました。
「あたった！　お父(とう)さん、秀(ひで)ちゃんの兄(にい)さんは、うまいでしょう。」
　こう叫(さけ)んで、清(きよし)くんは、縁側(えんがわ)の方(ほう)をふり向(む)きましたが、いつのまにか、お父(とう)さんの姿(すがた)は、そこにありませんでした。正直(しょうじき)にいうと、お父(とう)さんは、止(と)めさせる力(ちから)がないのを恥(は)じて、逃(に)げられたのでした。元気(げんき)な少年(しょうねん)たちには、もとよりそんな老人(ろうじん)の気持(きも)ちなんかわかりません。二人(ふたり)は、菊畑(きくばたけ)をわけて、落(お)ちたすずめをさがしました。すずめはじきに見(み)つかりました。
「君(きみ)のお父(とう)さん、すずめすきかい。」と、少年(しょうねん)がききました。
「ああ、大好(だいす)きだよ。」と、清(きよし)くんは答(こた)えました。
「これ、お父(とう)さんに、あげてよ。」と、少年(しょうねん)はすずめを清(きよし)くんにあたえて、ひとり幸先(さいさき)のいいのをよろこんで、野原(のはら)の方(ほう)をさして出(で)かけました。
　清(きよし)くんは、家(いえ)へ入(はい)ってから、すずめをお父(とう)さんに渡(わた)すと、お父(とう)さんは、すずめを掌(てのひら)にのせて、しばらく考(かんが)えていられましたが、なまなか道理(どうり)をいいきかせて、晴(は)れ晴(ば)れとした子供(こども)の心(こころ)を暗(くら)くしてはならぬと思(おも)われたので、
「それは、ありがとう。だがきょうは、仏(ほとけ)さまの日(ひ)だからね。」といって、あとで、だれも気(き)づかぬ間(ま)に、庭(にわ)の木立(こだち)の下(した)へ、すずめを埋(う)められたのでありました。