すみれは、これを聞くと、うぐいすのいったことは、自分をからかうためではなかったということを知りました。そして、うぐいすにも、やはり自分と同じような、なやみのあることを知ったのであります。
そこで、すみれは、自分が、この美しい色と、香いのあるために、安心した生活が送られないことを、うぐいすに語らずにはいられませんでした。
うぐいすは、やさしいすみれのいうことを、同情して聞いていました。そして、どうして、この二人は、たがいに、不しあわせに生まれてきたのだろうと憫れみ合ったのです。
空の上で、太陽は、このすみれとうぐいすの話をきいていました。
「ふたりは、同じような不平をいっているのだな。」と、太陽は、にこやかに、下を向いていいました。
すみれも、うぐいすも、びっくりして上を仰ぎました。そして、自分たちのお父さんであり、お母さんである太陽でありましたから、ふたりは、たがいに、いま話し合っていたことを訴えたのであります。
すると、太陽は、しばらく考えていましたが、まず最初に、すみれに向かって、
「昔、おまえさんの先祖は、ちょうど、それと反対なことをいったものだ。あまり小さいので、だれの目にもとまらない。いつもものの蔭に小さくなって咲いていなければならぬ。また、たまたま広々とした野原に咲こうものなら、馬の脚や、人間の足の下に踏まれて、はかなく散ってしまわなければならない。ちょうもこなければ、みつばちもやってこない。どうか、わたしたちを目につくように、そして、美しいちょうや、きれいなとんぼや、またかわいらしいみつばちのくるようにしてくださいと頼んだものだ。それで、俺は考えたすえに、いい香いを与えたのだ。それからは、みんなの目にとまるようになった。人間はおまえさんたちを愛した。ちょうも、みつばちも、みんなおまえさんたちを慕って、遠くから飛んでくるようになった。それから、長い間、おまえさんたちは、幸福であった。それが、いま、かえって不平の種になろうとは考えなかった。」と、太陽はいいました。
すみれは、太陽のいうことを聞いていましたが、太陽が、いい終わると、
「なんて、わたしたちの先祖は、ばかだったのでしょう。わたしは、だれに知られなくてもいいから、平和に暮らしたいのでございます。」と、すみれはいいました。
太陽は、つぎに、うぐいすに向かって、
「おまえさんの先祖も、やぶや、林の中で、赤い実をつついて飛んでいたものだ。そして、いつも声の悪いのを歎いたものだ。ほかの小鳥は木の枝に止まって誇り顔に、いい声で鳴いているのに、なぜ自分たちは、こんなに、声がかすれているのだろうかとうらんだものだ。そのとき、俺は、もし、声がよかったら、ほかの鳥にそねまれたり、人間にねらわれたりして、安心した生活が送られないといった。すると、おまえさんの先祖は、どんなに短い生涯でもいいから華やかに送りたいものだといった。それで、俺は、いちばんいい声を与えたのだ。するとおまえさんの先祖たちは、どんなに喜んだろう。鳥の中の王さまになったといってありがたがった。それを、おまえさんは、かえって、不平に思うとは、どういうことだ。」といいました。
うぐいすは、太陽のいうことを静かに、頭を傾けて、聞いていましたが、
「ああ、なんという自分たちの先祖たちは、虚栄心が強かったでしょう。私は、名もない、つまらない鳥になりたいものです。そうしたら、不安なしに、一生を送られるでありましょう。」と、うぐいすはいいました。
そこで、太陽は、このふたりの願いをきいてやりました。そのすみれからは、香気を抜き去りました。そして、そのうぐいすからは、いい声を奪ってしまいました。
「さあ、ふたりとも、これでいいだろう。」と、太陽はいって、また、昔のごとく、まじめな顔つきに返って、大空で輝きました。
その後、このすみれのところへは、うぐいすもやってこなければ、みつばちもまた飛んではきませんでした。
うぐいすは、やぶの中を飛びまわって、かすれた声で、しきりと鳴いていましたが、ふたたび、ふり向くものはありませんでした。こうして、長い月日がたちました。
あるとき、すみれは、そばのやぶの中で、かすれたうぐいすの鳴く声をききました。そして、思いました。なんという、いやな声だろう、あんな声で鳴いているのでは、むしろ、おしになってしまったほうがいい。そう思いながら、
「うぐいすさん。その後は、どうでございますか。」と、すみれはききました。うぐいすは、不憫そうに、すみれを見ながら、
「私は、しごく平和に日を暮らしています。それにつけても、あなたは、香いをなくしてしまって惜しいことをしたものですね。」といいました。すると、すみれは小さな頭を振って、
「わたしは、しあわせな日を送っています。今年は、お蔭でたくさん実を結びました。」と答えたのです。