西洋だこと六角だこ
小川未明
年郎くんは、自分の造った西洋だこを持って、原っぱへ上げにいきました。
原っぱには、木がなかったから、日がよく当たって、そのうえ、邪魔になるものもないので、すこしの風でもたこはよく上がりました。
きよ子さんに、たこを持っていてもらって、年郎くんは、
「いいよ。」と、あちらから合図をして、放してもらうのです。風があると、たこはおもしろいように、ぐんぐんと空へ上がるのでした。広い原っぱには、おおぜいの子供たちがきて同じように、いろいろの絵だこや、字だこを上げていました。
「僕のが、一番だこだよ。」と、威張っているものもあれば、それに負けまいと思って、糸をどんどん繰り出しているものもありました。
年郎くんは、どうも自分の造った西洋だこが、調子が悪かったのです。尾を長く長くしなければ、すぐにくるくるまわって落ちてしまうし、あまり尾を長くすると、重くて、なかなか上へはあがらないのでした。
「だめよ、年郎さん、こんなに尾を長くしては。」と、とうとうきよ子さんは、しびれを切らして、いいました。
年郎くんは、うらめしそうに空を仰いで、ほかのたこがよく上がっているのをぼんやりとながめたのです。
「あ、あの六角だこは、僕のによく似ているなあ。」と、遠くの方で、知らない子が上げているたこを見つめていいました。
「どのたこ?」と、きよ子さんも、年郎くんが、ながめている空の方を見たのです。なるほど、年郎くんの大事にしていた六角だこが上がっています。真ん中にどろがついているのや、尾に赤いひもと白いひもがついているのや、すべてに見覚えがありました。
「どうしたんでしょうね。」と、きよ子さんは、目をみはりました。
「飛んでいった僕のたこを拾ったのだと思うよ。」と、年郎くんは、自分の上がらない西洋だこのことなど忘れてしまって、ただ熱心によく上がっている六角だこを見つめていました。そして、このあいだ、糸が切れて、飛んでいったたこは、とうとう追いつかれなくて、町の方へ落ちてしまったのを思い出していました。
「なんだか年郎さんのたこらしいわね。」と、きよ子さんが、いいました。
「きっと、僕のたこだよ、あの子、拾ったのだ。」
「年郎さん、きいてごらんなさい。」
「だって、ちがうと悪いな。」と、年郎くんは、考えていたのです。
「尾もよく似ているわ。」
こう、きよ子さんがいったので、年郎くんは、ついに、その子供のそばへいって聞いてみる気が心の中に起こったのでした。
年郎くんときよ子さんは、六角だこを上げている子供のところへきました。そして、年郎くんは、
「このたこ、どこかで拾ったのでない?」と、その子供にききました。
たこを上げていた子供は、わざと年郎くんの顔を見ないようにして、上の方を向いてたこを見ながら、
「このたこは、お父さんに買ってもらったのだ。」と、いって、答えました。
そういわれると、年郎くんは、
「僕のたこによく似ているけれどなあ。」と独り言をいうばかりで、どうすることもできなかったのでした。
「きっと、あの子、うそをいっているのよ。」と、きよ子さんは、こちらへくるといいました。
「僕と同じたこを町で買ったんだろう。」と、年郎くんは、答えたのです。
この付近では、この原っぱへきてたこを上げるよりほかにいい場所が、ありませんでした。だから町の子供も、そうでない子供も、みんなここへきてたこを上げたのであります。しかし、このことがあってから、あの町の子はどうしてかこの原っぱへ姿を見せなかったのでした。
年郎くんが、お母さんから、新しいたこを買ってもらって、原っぱで、いつもたこを持ってくれるきよ子さんと、そのたこを上げて遊んでいると、いつかの子が、だいぶ破れた六角だこを持って、年郎くんのそばへやってきて、
「ごめんね、僕はうそをいったのだ。このたこは飛んできたのを拾ったのだから、君にお返しする。」と、あやまって、頭を下げました。
「やはり、僕のだったんだな。」
やさしい年郎くんは、こうしてあやまられると、怒ることができませんでした。
「いいよ、僕は、新しいのを買ったから、このたこは、君にあげるよ。」と、いって、そのたこを町の子供に与えたのです。町の子供は、きまりわるそうにして、そのたこをもらってゆきました。
それから、またその町の子は、毎日のようにこの原っぱへきて、六角だこを上げるようになりました。年郎くんの新しい龍の字のたこは、たびたび一番だことなって、大空からみんなのたこを見下ろしましたが、前にたびたび一番だことなった六角だこは、どうしたのか、このごろは下の方でぐるぐるとまわって、よく高くは上がりませんでした。
「あの子、たこを上げるのは下手ね。」と、きよ子さんが、いいました。
「あのたこは、癖があって、むずかしいんだよ。僕が、教えてやろうよ。」
年郎くんは、自分のよく上がっているたこを、きよ子さんに持たせておいて、
「君、糸目を上にしなければだめだ。」と、いいながら、町の子の方へ飛んでゆきました。