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时间: 2022-11-26    进入日语论坛
核心提示:点小川未明その頃この町の端はずれに一つの教会堂があった。堂の周囲まわりには紅い蔦つたが絡み付いていた。夕日が淋しき町を照
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小川未明


その頃この町のはずれに一つの教会堂があった。堂の周囲まわりには紅いつたが絡み付いていた。夕日が淋しき町を照す時に、等しくこの教会堂の紅い蔦の葉に鮮かに射して匂うたのである。堂は、西洋風の尖った高い屋根であって、白壁には大分ひびが入っていた。
日曜になっても余り信徒も沢山出入しなかった。
その教会に計算翁けいさんおう渾名あだなされたおきなが棲んでいた。
計算翁は牧師である。肩幅の広い、ガッシリした六十余歳の、常に鼠色の洋服を着て、半ば白くなった顎髭あごひげをもじゃもじゃとのばして、両手でこれをひらいている。会堂の両側は硝子窓ガラスまどである。外のドアを開けて入ると、幾つかの椅子が行儀よく並んでいる。その数はおよそ五十ばかりもある。正面に高く壇があって、其処そこに一脚のテーブルが置かれて、背後バックは半円形にたわんで喰い込んでいた。壁はすべて白く塗ってあった。其処で計算翁は日曜毎にあつまる町の人達に向って説教した。けれど毎週つづけて来るような信者は二人か三人位いで、大抵たいていは遊び半分に来る人が多い。いつも人の数は二十に満たなかったけれどこの翁は、町の子供に慕われていた。翁は冷静な頭を持っている。それで算術が上手であった。町の子供には毎夜六時から八時頃まで、特に日曜の時には午後の二時から六時までという風に算術の稽古をさずけていた。それで信徒でなくても、町の子供等はこの教会に出入して翁をば算術の先生! 先生! と呼んでいた。処からしていつしかこの翁をば誰れ言うとなく計算翁と呼ぶに至った。
おうは、半白はんぱくの髪の延びた頭を抱えて、教壇のテーブルに向って、プラスマイナス×マルチプライの講義をやる。時にはその物憂ものうそうな皺の寄った顔を上げて、眼の前のベンチに居並んだ子供にむかって哲学や、神話の講義なども分り易いように物語ることがある。翁の半生を知る人はまれであった。旅の人である。この教会の牧師になって来てから、はや三年となった。それ以前に彼の妻たるべき人は死んだと見えて、此処ここに来た時は一人であった。この蔦の絡んだ教会堂に住んで、別室には家なしの労働者夫婦を同居させて居た。彼が教壇の上に立って、讃美歌を捧げる時のその声は、高い、太い声だけれど、またいたましい、かなしみをんだ何処どこやら人に涙を催させるような処があった。――或人は、計算翁をば失恋の人だといった者もある。
翁は決して、饒舌愛嬌しゃべるあいきょうのある人でない。く沈んだ憂えを帯んだ額に八の字を寄せて、よもぎのように蓬々ほうほうとした半白の頭を両手でむしるようにもだえることもあるかと思えば、また快活に語ってあたかも神々しい天の光を認めたように浮き立つ場合がある。けれど何方どっちかといえば無愛想な、構わぬ人であった。或時には冷たく見えたのは事実だ。
日曜日になると説教がある。また午後からになると子供が数学を習いに来る。その時には無賃ただで置かれた家なしの女房は、うしろドアを開けて出て来て、ストーブにたきぎくべて行く。家なしの夫は昼間ははたらきに出て夜帰って来る。留守に女房が、教会堂の留守をね、翁の世話をしている。とはいえ決して翁はこの女房の世話にならなかった。食物たべものから、衣服の事すべて自分のことだけは自分でした。ただストーブに薪を投たり、戸閉とじまりの注意位この女房にまかしてあるばかりであった。この女房というのは、二眼ふためと見ることの出来ない不具者である。頭髪かみのけは赤くちぢれて、その上すがめで、ちんばであった。夫というのは懶惰者なまけものの、酒飲みで普通あたりまえの人間でない。けれど翁は斯様こんな者でも自分の傍において意とせなかった。翁は人の来ない時でも、独り演壇の上に書物を開いて、両側の色硝子いろガラスに夕日の輝く時分まで熱心に書見にふけっている場合がある。教会堂は町のとおりから少し奥に入って、物音が聞えずに昼でも静かである。後の扉がギーと開くと、赤目の眇で跛の頭髪のちぢれた女房が薪を小脇にかかえて、妙な歩みつきで出て来ると、じろりと翁の方を盗むように見て、ストーブに薪を投げ入れて、また妙な足つきで奥の方へ入ってしまう。別に礼儀も何も知らない彼等のことだから、翁に対しても言葉一つかけるでもない。翁はまた熱心に下を向いて書物を読んでいて此方こちらを見ようともしないのである。やがて、あたりが静かになると、遠くの遠くで、何やら物売の笛の音が聞える黄昏たそがれの時刻となる。
この時、翁はやっと頭を上げて、側の色硝子の張ってある高窓の方を見ると、急に張りつめていた胸の力が衰えて、遠いかんじがして、知らずに眼に熱い涙が湧いて「ハーッ。」と溜息を洩らすのである。ああ、彼が故郷を思い出すのは、わずかにこの一瞬時あるばかりであった。翁は、机の上の書物を伏せて、手を合せて指を組んで、頭の上にあて俯向うつぶして、神に何をか祈る……翁が初めの五年、六年は斯様風のものであった。
それが或年から、全く翁の身形みなりや、信仰が変ってしまった。
翁は或時、赤目のびっここぶしなぐった。こんなことは今迄の翁に決してなかったことだ。翁は日頃着ていた鼠色の服を脱いで、全く裾の長い真黒の喪服に着換えてしまった。して頭髪をも剃り落して、真黒な頭巾ずきんを被った。今迄何処か人なつかしそうな柔和であった眼は、けわしくなって、生徒に対する挙動まで荒々しくなったのである。
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