たとえ
猟に出かけて、
捕われ人の頭には、いろいろと捕われた当時の有様などが
ゴシリゴシリと鉞を磨ぐ音が耳に入る。若者は空想から
海が光るぞよ 血染の帆風 黄色い筈だ 月が出る
その歌は、浮世で聞ける歌でない。けれどその歌の調子は懐しい耳に聞き覚えのある調子である。よく里に聞き、海に聞き、また山に聞くことの出来る調子である。捕われた男はこの警察権も行届かない、人の知らない、山奥に独り坐って岩に腰を下した羅紗帽は、谷の彼岸を茫然と見詰ていた。石が転がって、木々が紅葉している。鉞を研ぐ前に立った鼻筋の太いのは熱心に鉞の物凄く光るのを見守っていた――
冬の霜よりしんしん浸みる 利刃 に凝った月の影 触 れや手頸 が落ちそうに 色もなけれや味もなく……
と細く、物哀れに引いて消えたかと思うと力なげにいよいよ殺されるべき時刻が来た。紺碧の空に星が輝いている。破た羅紗帽を被った悪者は、岩から腰を放した。磨ぎ澄された鉞には星の光りが映じた。鼻筋の太いのが死骸を入れる箱の蓋を開けて、血を汲む桶を二つ捕われ人の前に並べた。彼方の山の隅では大きな
空が暗くなるにつれて、深山の奥で
「ハハハハハ。」と厭らしい笑い声がすると、天上の星は微かに身震いした。
再び沈黙に返って、さらさらと谷川の音が淋しそうに聞える。冷たい渓風が吹き渡って全く焔が消えかかった。