四
この娘の母は、奇蹟を行う巫女はこの世界に
彼は、やはり娘の母親に遇ってこの話を聞かされた。そればかりでないXの町へ行って見れと勧められたのであった。
彼はX町へ旅立しようか、何うしようと惑っていた。人間が死んでしまってから、果して国というような名のつくものがあるだろうか。霊魂はどういうように生活するものだろうか。死んだ母と、見た凶夢とに関係があっただろうか……などといろいろ目に見えない心の疑問があった。
彼は、遂にXの町へ旅立することに決心した。燕が南の国に帰りかけた頃、彼も
余程旅した後であった。道を行く人にXの町を聞いた。或者は、まだ遠いと言った。或者は曾て聞いたことのない町だといった。彼は、或る町で老婆にXの町を聞いた。その老婆は彼を家に泊めてくれた。その夜、老婆はXの町について教えてくれた。
此処からまだ三十里南にある町だ。而して若い巫女のことも話したのである。その町に昔からの豪家があった。その家に一人の娘がある。生れた時から蛇や、鳥の啼声を聞き分け、よく人の生死を判じたのである。家の周囲は繁った深林であって、青い鳥や、赤い鳥が常に枝から枝へと飛び渡っていた。娘は、また生れつき蛙を食べたり、蛇を食うことが好きであった。家の人は、この娘が普通の人間でないのを怖れて、世間にこのことを
その家では、世間の人が娘の噂を立てるのを怖れた。またこの家には余程いろいろの秘密が隠されているものと見えて、他人の家に入ることを怖れた。
それで一人の
老翁は、一日眤として門を護っていたのである。しかし体の衰えは争われなかった。門に立っていて折々居眠りをすることもあった。けれど決して鼠
彼は、老婆からこの話を聞いているうちに、幼い時分に聞いた昔の物語りを思い出した。その不思議な寓意の物語りの筋が、ちょうどこのようなものであった。
然るに或日のこと、この豪家の娘は門を逃げ出した。その夜は非常な嵐が吹いて、雨が降りしきった。家の周囲に繁っている林の木は
森の梢に
「鳥よ、もっと
鳥よ、鳥よ、けれどあんまり啼き立てて家の人の眼を醒してくれては厭だよ。」
と言った。而してその姿は、
その夜に限ってこの利巧な老人は、決して油断したのでない。また安心して居眠りしたのでもない。彼は常の如く落付いて門を見張っていた。しかしなぜ娘の足音を聞き付けなかったろうか。必ず聞き付けたに相違ない。けれどこの足音を犬の足音と聞違えたのかも知れなかった。また立騒ぐ小鳥の翼の音と聞違えたのかも知れなかった。気まぐれに森を離れて飛び来った小鳥が門の前を過ぎたのかとも思ったのであろう……。
その娘は、なんでも諸国を巫女になって歩いているといい、また、家に連れ帰されて座敷牢の中に入れられてあるともいう。
と、或る老婆は語って聞かせたのであった。