はじめに
日本はいかにして生まれたのか?
この質問の答えを教科書に求めても、邪や馬ま台たい国こくの卑ひ弥み呼こが魏に遣いを送ったかと思えば、大和朝廷が成立し、わが国初の統一政権が誕生する、というように、その大雑把な記述に、どこか得心できなかった覚えがあるのではないだろうか。それもそのはず。現代においても日本という国がどのようにして生まれたのか、ほとんど解明されていないからだ。
そんな日本誕生の秘密を解き明かすカギが、神話の時代と歴史をつなぐ書『古事記』と『日本書紀』である。ともに天地の始まりから日本国家の成り立ちを説き始め、『古事記』は推古天皇までの、『日本書紀』は持統天皇までの歴史を記す。
古代日本人の記憶と想像力が生んだ両書の神話世界では、原初の夫婦神イザナキとイザナミの営みによって日本の国土が生まれ、スサノヲノミコトがヤマタノヲロチを退治し、神じん武む天皇が大和を征服する。海に山に川にと様々な場所に宿る八や百お万よろずの神々が、人間の営みを助け、ともに日本という国家を創り上げていくのだ。やがて、人間は神々のもとを離れ、歴史の時代を紡つむいでいく。
こうした日本の創生を担になった神々は現代社会においても決して遠い存在ではない。初詣で賑わう伊い勢せ神宮は、天皇家の祖神として登場し重要な役割を担うアマテラスを祀まつり、祇ぎ園おん祭で有名な京都の八や坂さか神社はスサノヲを祀っている。古代人の想像力が生んだ神話やそこに登場する神々は、現代にも脈々と息づいているのだ。
しかし、『古事記』も『日本書紀』も難解な文章で記されていることから、いざ触れようとしても躊ちゆう躇ちよしてしまう人がほとんどである。そこで、本書は『古事記』と『日本書紀』に記された日本神話のあらすじを、『古事記』を中心に平易な文章と臨場感あふれるタッチで解説を試みたものである。さらに地図を中心とした図版と写真を豊富に用い、読者諸兄がイメージを膨らませやすいように工夫もした。
たしかに『古事記』や『日本書紀』に記された神話や歴史上の記録には、脚色が含まれる可能性が強い。だが昨今、これまで疑いの目をもって見られてきた「記紀」の物語を実証する発見が相次いでいる。『古事記』や『日本書紀』の物語の背景には、教科書が教えてくれない史実が隠されているかもしれないのだ。
本書を片手に、日本が生んだ、世界にも類を見ない、日本神話と古代史の世界を堪能していただければ幸いである。
日本博学倶楽部