天岩屋
岩屋に隠れた女神を誘い出すべく八百万の神々が案じた一計
◆誓約ののちにスサノヲの乱行は激化する
誓約ののち、一方的に勝利宣言をしたスサノヲは勝ちに驕おごった。アマテラスの田の
畔あぜを壊し、灌かん漑がいの溝を埋め、新穀を召し上がる御殿・大おお嘗なめの神殿を糞
で汚すなど狼藉のし放題。しかし、アマテラスはそんな弟でも、「糞は酒に酔って吐こう
としてまきちらしたのだろう。田を壊したのも土地がもったいないと思ったためでしょ
う」とかばう。だが、スサノヲの行状はひどくなる一方だ。果ては、機はた織おりの部屋
の屋根が壊されたかと思うと、皮を逆に剥がされた馬が投げ込まれた。これに驚いた機織
女のひとりが、はずみで梭ひ(機織の部品の一つ)で陰部をついて亡くなってしまう。
神聖な馬や機織女が殺害されるに至り、ついにアマテラスは、弟への抗議と恐怖を訴え
るかのように、天岩屋に駆け込み、籠ってしまった。この直後、世界は一変した。日神で
あるアマテラスが隠れたため、世界がたちまち暗闇に覆われてしまったのである。しかも
暗闇の世界にはスサノヲが泣き喚いたときと同様、再び邪神が騒ぎ出し、禍が充満する。
八や百お万よろずの神々は天あまの安やす河か原わらに集い、知者オモヒカネを中心と
して思案に暮れ、何とかアマテラスを連れ出そうと知恵を絞った。そこである秘策を編み
出した。
まずイシコリドメと鍛か冶じ師しのアマツマラが鏡を作り、タマノオヤが勾玉で飾った
玉飾りを作った。さらにアメノコヤネとフトダマが鹿の骨と朱桜で占いをしたのち、賢さ
か木きを引き抜いて、そこに玉飾りと鏡をつけた。そうして岩屋の前に集った神々は、常
とこ世よの長なが鳴なき鳥どりを集めて鳴かせ、フトダマが鏡と玉飾りのついた賢木を持
ち、アメノコヤネが祝詞のりとを唱えた。
さらにアメノウズメが天岩屋の前で伏せた桶おけの上に乗り、足を踏み鳴らして踊りだ
した。乳房や腰をあらわにした姿に、神々は高天原が揺れるほど大笑い。アマテラスは暗
闇のはずなのに賑やかな外の様子が気になって、そろりそろりと細めに岩屋の戸を開け
た。聞けば、自分より貴い神が来たので喜びで笑っているというではないか。そこへフト
ダマが差し出した鏡には、神々しい神の姿が見えた。それを自分だと気づかないアマテラ
スは思わず身を乗り出す。その瞬間、外で待ち構えていた怪力の神タヂカラオがぐいっと
アマテラスを引っ張り出した。それと同時にフトダマが岩屋の入口に注し連め縄なわを張
り、二度と入れないようにした。こうしてアマテラスは岩屋を出、世界は再び溢れんばか
りの光に包まれたのである。