サホビコの反乱
天皇と皇后の絆を引き裂いた野心家の兄
◆サホビメは悲しみの道を選ぶ
ミマキイリヒコの跡を継いだのがイクメイリビコイサチ(垂仁天皇)である。その御世
は哀切極まりない悲恋物語から始まる。
皇后サホビメはある日、同母兄のサホビコから「夫と兄とどちらが愛しいか」と問われ
る。サホビメが兄と答えると、サホビコは重大な計画を打ち明けた。なんと天皇を亡き者
にして、ふたりで天下を治めようというのだ。
兄に天皇を殺せと命じられたサホビメは、兄からもらった切れ味の鋭い短刀を忍ばせ、
すきを見て天皇を刺殺しようとする。
だが、自分の膝枕で寝入っている天皇を見ると、愛しさが募るばかりで、振り上げた短
刀を下ろすことができない。ヒメの目から涙がこぼれ落ちたとき、天皇が目を覚ました。
すると、天皇は妙な夢を見たと皇后に告げる。サホビコの根拠地・沙さ保ほのあたりから
叢むら雨さめが降り、錦色のヘビが自分の首に巻きついた……。まるで何かを暗示するか
のような夢の話を聞いて、サホビメは天皇にすべてを打ち明けた。
天皇はただちにサホビコのもとへ軍勢を差し向け、一方のサホビコも稲束を積んだ砦・稲
いな城きを築いて対抗した。
そんななか、身重のサホビメがサホビコの館に駆け込んでしまうという誤算が生じる。
天皇が一斉攻撃を控えると、両軍が対峙したままいく月かが過ぎていった。この間稲城
の中にあったサホビメは無事出産を終え、生まれた御子を引き取ってほしいと天皇に訴え
出た。
天皇はこれを皇后を取り戻す好機ととらえ、子を受け取る際にサホビメもつかんで引き
出せと命じる。だが、サホビメは天皇の計画を悟っており、前もって髪を剃り落としてか
つらを被り、衣も酒に漬けて腐らせるなどの細工を施しておいた。そのため、天皇の命を
受けた兵士がヒメの髪や衣をつかむと、それらはするりとヒメの体から離れ、御子しか受
け取ることができなかった。
こうしてサホビメ奪還は失敗に終わる。その後も天皇は御子の命名や育て方、御子の乳
う母ばの相談を持ちかけて時間を引き延ばそうとするが、ついに手立てもなくなり、泣く
泣く稲城に火を放つ。
サホビメは兄サホビコとともにその炎の中に消えたのだった。