もの言わぬ御子
何も語らない御子を回復するべく奮闘した天皇と家臣たち
◆母の罪を背負ってか、成人後ももの言えぬ御子
サホビメの忘れ形見となった御子はホムチワケと名づけられた。「ホ」は火を意味し、
「ムチ」は貴いことを意味する。
垂仁天皇(イクメイリビコイサチ)はこのホムチワケを大切に育てたものの、どういう
わけかこの御子は成人しても口をきかなかった。だがある日、ホムチワケは大クグヒ(白
鳥)を見て、わずかに声を発する。これを聞いた天皇は狂喜し、白鳥を見れば言葉を発す
るに違いないと期待して捕獲を命じる。
ヤマベノオホタカという人物が派遣され、木の国(紀伊)から針間国(播磨)に入り、
さらに稲羽(因幡)国、旦波(丹波)国、多遅摩(丹馬)国を経たところで、東へ方向転
換をする。近淡海(近江)国、三野(美濃)国、尾張国、科野(信濃)国を通って、高志
(越)国の和わ那な美みの水門でようやく捕獲に成功。天皇に献上したという。
ところが天皇の期待に反してホムチワケは何も話さなかった。
心配する天皇にある日、夢でお告げが下る。それは「自分の宮を修理すれば御子は口を
きく」というもの。そこで鹿の肩骨を焼いて占う太ふと占まにを行なった結果、御子が話
さなかったのは出雲いずものオホクニヌシの祟りと判明する。古代では、口がきけないの
は魂に原因があると考えられていた。しかし御子に限っての原因は外部、つまり祟りだっ
たのである。天皇を裏切った母の罪を背負っていたのかもしれない。天皇が急きゆう遽き
よ、御子を出雲大社に参拝させると、その帰り道、御子は突然、話し出したのだった。
さて、口をきけるようになった御子は土地のヒナガヒメという女神と契りを交わす。し
かし、ヒメの正体はヘビと判明。御子が慌てて逃げ出すと、ヒメは船で追いかけてくる。
御子は恐れおののき、大急ぎで山を越え、谷を越えて大和へと逃げ帰ったという。こうし
て御子が口をきけるようになったと報告を受けた天皇は、喜び、鳥と取とり部べ・鳥とり
甘かい部べなどを定めた。
一方、天皇はサホビメの最後の言葉に従い、ミチノウシの四人の娘を宮中に迎え入れ
る。ところが、そのうちのウタコリヒメとマトノヒメは容貌が醜かったため、天皇は故郷
へと送り返した。追い返されたマトノヒメは、これを恥じ、深い淵に身を投げて自ら命を
絶ってしまったという。姉妹婚の習慣が廃れていくとともに、歴史が人間的な要素を帯び
てきたことを感じさせる逸話である。