【第四章の人々】
神カム沼ヌナ河カハ耳ミミノ命ミコト(綏靖天皇)
不思議な異伝が伝わる勇敢なる皇子
神武天皇のあとに即位した第二代天皇。『日本書紀』によると、異母兄タギシミミが腹
違いの弟であるカムヌナカハミミ(綏すい靖ぜい天皇)たちを殺そうと企んだ際、弓でタ
ギシミミを射殺し、天皇となった。当時は末子が相続する習慣があったが、この逸話はカ
ムヌナカハミミの即位を正当づけるために伝えられたと考えられる。
南北朝時代に書かれた『神道集』には、次のような話が記されている。綏靖天皇は朝夕
七人ずつ人を食べたので、臣下たちや人々は恐れ嘆き、ついに一計を案じるに至る。火の
雨が降るから、命が惜しい者は岩屋を造ってそこに入れという噂を流したのである。そし
て綏靖天皇をそこに入れ、頑丈な柱で塞いでしまったのである。以後、綏靖天皇は現われ
ず、世は平和になったという。
ペルシアの叙事詩『王の書シヤー・ナーメ』に、よく似た物語がある。二代目の王で
あったザッハークは、一日にふたりの若者の脳を両肩から生えた蛇の餌とする暴君であっ
たが、山中の穴に入ってそれきりになったというのである。綏靖天皇とザッハークには共
通する部分が多いが、何らかの形で説話が伝わったのであろうか。